ペリオスチンの話佐賀大学のペリオスチン経路とPPARリガンドとの関係

ステロイド依存の分子生物学的メカニズムを考える(3)


 (1)は→こちら、(2)は→こちら。 
 
  このところやや難しい話が続きます。もともと本ブログを始めた目的は、「ステロイド依存」という現象および、そこからの脱却としての「脱ステロイド」には、ちゃんと科学的根拠がある、ということを、若手の皮膚科医や他科の先生方になんとか伝えたい、との思いからです。それで、m3(エムスリー)という医師専用のブログを利用しています。
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 moto先生勉強させていただいています。
 私は数年前から「乳児湿疹にはボディソープの使用をやめ、お湯だけで洗う。どうしても臭いとか汚れた時だけ全成分が石けんの泡だけで軽く洗う。外用剤は最初からステロイドを使用しない。プロペとかワセリンをタップリと頻回に使う」という指導をしており、良好な結果を得ています。先生がお示し下さった論文を拝見して、私の指導が間違っていないと心強い思いです。産婦人科でリンデロンVGを出されたり、皮膚科標榜の泌尿器科で、マイザーなどを出された乳児湿疹の治りが悪いように感じていますが、その理由も納得できました。
 少なくとも新生児にはステロイド外用剤は使って欲しくないですね。 
 
 先回の記事のコメント欄にお寄せいただいたメッセージです(返信しなくて御免なさい)。こういった先生を一人でも増やしたい、それが最大の目的です。
 患者のかたがたも、多く見ていらっしゃるようなので、配慮はしていますが、ときどき内容が専門的でわかりにくいかもしれません。しかし、決して専門用語を多用して患者を煙に巻こうとしているわけではないです。そこのところご理解ください。
 
 さて、今日引用する論文は、 
Atopic dermatitis-like disease and associated lethal myeloproliferative disorder arise from loss of Notch signaling in the murine skin
Dumortier A, PLoS One. 2010 Feb 18;5(2):e9258  
http://www.plosone.org/article/info:doi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0009258で無料で読めます)
 です。 
 
 先日ステロイドの表皮細胞への直接作用として、JAG遺伝子の発現を抑制を挙げました。JAG遺伝子産物の受容体はNotch遺伝子がコードする蛋白質です。だから、JAG遺伝子の抑制とNotch遺伝子の抑制はほぼ等しいと考えられます。このNotch遺伝子の発現を70%以上抑えたマウスを作ってみたら、アトピー性皮膚炎類似の皮膚症状を呈した、という論文です。 
 この結果をそのまま素直に受け止めると、ステロイドでアトピー性皮膚炎が発症する??ということになります。
 no title











 
 N1N2K5というのは、Notch遺伝子を抑制されたマウスの皮膚です。左の正常マウスの皮膚に比べると、肥厚が著しいです。 
 ステロイドを外用すると、皮膚か薄くなります。それは、先日示したように、JAG1遺伝子の抑制(表皮分化の早いステージの抑制)と同時に、角化の亢進(表皮分化の遅いステージの促進)が起こっているからです。JAG1遺伝子の抑制だけなら、皮膚はこのように厚くなるということを意味しています。
 これに一番似ているのは、http://steroidwithdrawal.doorblog.jp/archives/1047157.htmlの1c~1eの肥厚した表皮だと思います。すなわち、ステロイドを外用して皮膚が薄くなった後、中止して、リバウンドで皮膚が厚くなった状態です。
 実は、アトピー性皮膚炎では、もともと表皮のNotch蛋白質の発現が悪いです。
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 上から、正常皮膚、アトピー性皮膚炎、乾癬、扁平苔癬の皮膚で、中列と右列と2つあるのは、異なる人の皮膚です。アトピー性皮膚炎においてだけ、Notch発現は明らかに悪いです。
 アトピー性皮膚炎の皮膚に、ステロイドを外用すると、Notchの発現がもともと悪いところに、JAG1も抑制してさらに押さえ込むわけです。角化は亢進させるので、皮膚は薄くなりますが、ステロイドを中止したときに、二重に押さえ込まれていたJAG-Notchの抑制は、ステロイドの他の作用に比べて、回復が遅れるのかもしれません。それで、この論文のマウスと同じようにNotchの抑制だけが強く出て、表皮が肥厚してしまうのでしょう。そう考えると、このマウスは、まさにリバウンドのモデルかもしれません。

 論文をさらに読んでいきましょう。
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 マウス真皮のリンパ球のIL-4発現は上昇しています。血清中IgEも上昇しています。ステロイド離脱後のリバウンド期にも、Th2系が活性化され、IgEは急上昇します。リバウンドに似ています。
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 この作用は、TSLPというサイトカインを介します。TSLPはNotchが抑制された表皮細胞から産生され、Th2系を活性化します。マウス表皮細胞のTSLP発現は上昇しており、血清中のTSLPも同じです。  
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 これは、ヌードマウス(毛のないマウス)に正常マウスの皮膚(上の黒い毛)とN1N2K5マウスの皮膚(下の白い毛)とを移植した実験で、ヌードマウスの血清中のTSLPがN1N2K5マウスにおいて上昇しています。血清中のTSLPの上昇は、たしかに移植皮膚由来だ、ということを示しています。 
 
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 上図は、これまた工夫された実験で、N1N2K5マウスのTSLPレセプターをさらにノックダウン(人為的に発現させなくする)したマウスの皮膚が右列です。Ki67は、分裂期の細胞を示すマーカー(茶色)で、N1N2K5マウスでは、表皮細胞が活発に分裂して厚くなっていますが、TSLPレセプターをノックダウンしたマウスでは、正常に復します。
 TBはトルイジンブルーで、肥満細胞(マスト細胞)を染めてます(矢印)。N1N2K5マウスでのみ、Th2系が活性化された結果として、数が増えています。
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 この論文の著者は、上図のようなイラストを描いて、このNotch発現を低下させたマウスは、アトピー性皮膚炎の病態によく合う、としています。アトピー性皮膚炎では、何らかの理由(遺伝的または後天的)で、表皮細胞のNotchの発現が低下し、TSLPが過剰産生されて、表皮が肥厚し、Th2系が活性化されて、マスト細胞やIgEが増える、というわけです。
 先回示したように、ステロイド外用剤は、JAG発現を低下させます。わたしは、このマウスは、アトピー性皮膚炎のというより、ステロイド離脱時のリバウンドのモデルではないか?と思いました。
 
 もうひとつ関連論文(というか図)を紹介します。それは日本炎症・再生医学会のmini reviewで、http://www.jsir.gr.jp/journal/Vol31No2/pdf/08_M1_184.pdfで無料で読めます。著者は東北大学薬学部の佐藤先生です。
 ここでまとめられている図がわかりやすいので借用します。
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 Th2系のアレルギーの成立機序を示したもので、TPAやXyleneといった、化学物質が、表皮細胞に作用して、TSLPの産生を促し、これが、アレルゲンー抗原提示細胞―リンパ球というアレルギー成立を増幅することを示した図です。
 
 ステロイドにもTSLPを増加させる作用がありますから、これを下図のように書き直すことが可能です。
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 昨日の図にこれを加えたもの(下図)が、ステロイド依存(Steroid addiction)のメカニズムなのだろうと、わたしは現時点では理解しています。
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患者のかたにとって、私たち医者がこういうこと考えるとどういう良いことがあるかというと、JAG1/Notchを亢進させる薬剤があるとリバウンドを軽減できるんじゃないか?TSLPを抑える薬剤は無いだろうか?っていう発想につながるからです。 
 まあ、依存やリバウンドという現象の存在自体を否定してしまっては、先に進みようもないですけどね・・。
  


moto_tclinic at 21:36│Comments(0)TrackBack(0)