2010年11月11日の朝日新聞の記事(1)石けん・界面活性剤による表皮バリア破壊

2010年11月10日の朝日新聞の記事


【皮膚 大人のアトピー:2 ステロイド、効かなくなった】

 埼玉県の荻野美和子さん(31)は、子どもの頃からアトピー性皮膚炎を患っていた。高校2年から近所の皮膚科医院に通い始め、アトピーの代表的な治療薬であるステロイドの塗り薬などの処方を受けた。薬を使ううちに症状は落ち着き、アトピーに悩まない大学生活を満喫していた。

 ところが、3年生のころから、肌の状態がまた、徐々に悪くなっていった。口の周りやひじ、ひざなどが、子どものころと同じがさがさの状態に戻っていった。  

 ステロイドを広範囲に使うのは気が引けたので、昔と同じように、ひじやひざの内側など、その日一番炎症がひどい部分にできるだけ薄くすりこんだ。かゆみは治まらない。我慢できず、ついひっかくので、まだら模様にかさぶたができた。座るときに擦れるお尻と太ももの境目は皮膚から体液がにじみ出た。  

 「このままいったら、私の肌はどうなっちゃうんだろう」。焦りと不安が募った。  

 同じころ、生活は多忙を極めていた。  

 高校から始めたエアロビクスに磨きをかけ、地元のスポーツクラブで講師として、週5本のレッスンを担当するようになっていた。大学3年の11月には、同級生に先がけて就職活動を開始。スポーツ関連業界や金融関係など、様々な業種を受けた。  

 アトピーを除けば、緊張感のある充実した毎日だった。就職活動は順調に進み、4年の春に3社から内定を得た。けれども、肌はいっこうに良くならず、だんだんゾウのようにゴワゴワになっていった。  

 友人から「どうしたの?」と心配されるたび、「そんなにひどいのか」とショックだった。「ステロイドは怖い薬だから、やめたほうがいいのでは」と話す知人もいた。  

 肌がごわつくのは、ステロイドの副作用かもしれない。自分でもそう考えるようになった。それに、皮膚科の塗り薬がきかないほどアトピーが悪化してしまったとも思った。だんだん薬に手が伸びなくなり、家に閉じこもる日が増えていった。

 「ステロイドがダメなら、何に手を付けたらいいんだろう」。高価な健康食品も試したが続かなかった。インターネットで情報を探していた大学4年の2月、漢方治療院のホームページを見つけた。「アトピーが治った」という手記がずらりと並んでいた。その時は、希望の光が見えた気がしていた。

http://megalodon.jp/2010-1111-0018-23/www.asahi.com/health/ikiru/TKY201011100212.html

(11月9日の連載第1回記事はhttp://megalodon.jp/2010-1113-1055-00/www.asahi.com/health/ikiru/TKY201011090279.html?ref=reca

 皮膚科医仲間のメーリングリストで、ある皮膚科勤務医の先生から、朝日新聞でこんな連載がはじまりました、と教えていただきました。(脱ステロイドには十分な理解のある方です)

 ネットで探して一読して、がっかりしました。なぜかというと、ここまでの記事で、すでにこの先の展開が読めてしまうからです。なおかつ、だいたいどこの先生に取材してこの記事を書いてらっしゃるのかも、見当がついてしまいます。たぶん東京逓信病院の江藤隆史先生ではないでしょうか?

 わたしの推測が当たっていたとしたら、これは記者として、反省していただきたいと苦言申し上げます。多方面に取材して十分に練り上げられた記事ならば、このような推測は成り立たないはずです。以下、わたしの推測を解説申し上げますと、 

ステロイドを広範囲に使うのは気が引けたので、昔と同じように、ひじやひざの内側など、その日一番炎症がひどい部分にできるだけ薄くすりこんだ。かゆみは治まらない。

 これは、たぶん、後の記事で「塗り方が少なすぎて適切でなかった。だからかゆみが治まらなかった」という指摘になるのでしょう。そのあとには、お約束で「1FTU=人差し指の先から第一関節までを搾り出した量がだいたい0.5gです。これで大人の手のひら2枚分が塗れます」って話が続くはずです。さらには、「医師の指導通りの適量を外用している患者は少ない」とのコメンテーター皮膚科医の「嘆き」が記されるのでしょう。 

「ステロイドは怖い薬だから、やめたほうがいいのでは」と話す知人もいた。 肌がごわつくのは、ステロイドの副作用かもしれない。自分でもそう考えるようになった。それに、皮膚科の塗り薬がきかないほどアトピーが悪化してしまったとも思った。

 医師には、語り口というか癖があります。「肌がごわごわするのはステロイドの副作用ではありません。ステロイドではむしろ肌は萎縮して薄くなります」は江藤先生の定句です。「漠然と怖い薬とイメージして、適量を塗らなければ、治まらないのは当然です。ステロイドが効かなくなったのではありません。肌がごわつくのはステロイドの副作用ではありません。」といったコメントが続くのではないでしょうか。

 ちなみに皮膚は、ステロイド外用中は萎縮して薄くなりますが、中止離脱後は反動で厚くなります(「正常皮膚にデルモベートを6週間外用すると・・」ご参照ください)。ですから、皮膚が厚くて象のようだからといって、ステロイド依存に陥っていないとはいえません。依存からの離脱中の皮膚かもしれません。

 このあと患者さんは漢方治療院のホームページで「アトピーが治った」という手記に巡り合って希望の光が見えた気がしているわけですから、そこでステロイドを中止して酷いリバウンドに見舞われ、逓信病院に入院してステロイドの適量治療を再開し、現在はなんとかステロイドを完全には切れないながらも人間らしい生活に復帰できた、って流れじゃないかなあ。 

 わたしは、江藤先生のおっしゃっていること、やっていることは、間違っているとは思いません。ただ一点、非常に不誠実なのは、

ステロイド外用薬には依存性(addiction)・抵抗性(resistance)があること。

を患者に明示していない点です。

 ステロイドという薬は皮膚に外用した場合、表皮バリア機能を損なうため、長期連用は依存につながるということは、2010年の時点では、明白な医学的事実なのですから、患者に情報提供しなければなりません。学会ガイドラインにまだ記載されていないからというのは言い訳になりません(ガイドラインによって医師は免責されない)。その上で、1FTUの解説なり、象のような皮膚は必ずしもステロイドの副作用ではないことを啓蒙して、ステロイド離脱しようとしてリバウンドに見舞われたひとをステロイド外用剤の再使用によって入院治療なさるなら、これは立派なものです(依存状態からの離脱に、ステロイド外用剤の再使用による漸減法を用いるのもひとつの方法でしょう)。

 しかし、それがなされずに、ただ古典的なステロイド外用剤による副作用の話がなされただけであったとしたら、それは誤魔化しであると私は感じます。患者がもっとも知りたいことは、ステロイド外用剤に依存性はあるのか?中止したときに単なる再燃では説明がつかないような激烈なリバウンドに見舞われるような状態に陥ってしまうことはあるのか?だからです。

 歯切れがいいように見えて、巧妙にぼかしています。 

 この患者さんが、漢方治療院での脱ステロイドののち悪化したとしても、それは、その前にステロイド依存状態に陥っていたことを意味するとは限りません。当たり前ですが、ステロイドをやめて悪化した患者すべてが、ステロイド依存にあったわけではありません。依存状態にあったかどうかは、単なるアトピー性皮膚炎の悪化では説明がつかないような激烈または多彩な悪化であったかどうかによります。

 依存状態に無かった患者さんであれば、その後ステロイドを再使用したとしても、漸減で「リバウンド」を起こすことなく減薬できるでしょう。その患者さんにとっては、それが真実であり、「ステロイド依存」なんて現実のものでは無かった、ネット上に氾濫している都市伝説のひとつのようなものだった]と感じられたかもしれません。しかし、だから「ステロイド依存なんて存在しない。私の場合はステロイド外用剤で上手に乗り切れたから、ほかの患者たちもそうできるはずだ。」と考えたとしたら間違っています。

 「ステロイド、効かなくなった」と訴える患者に対して、皮膚科医は、「二つの可能性があります。ひとつは、ステロイドを怖がり過ぎるあまり、効くだけの量をあなたが塗っていない場合、もうひとつは、あなたの皮膚がステロイド依存(addiction)または抵抗性(resistance)に陥ってしまっている場合です。」と答えるべきです。どちらか一方だけというのは間違っている、あるいは不誠実な対応です。新聞記事についても、同じことが言えます。

 今回の朝日新聞の記事によって、またステロイド依存患者が増えるのではないかと危惧します。朝日新聞の記事は「ご意見ご感想は『読者ひろば』(https://aspara.asahi.com/blog/hiroba/entry/IdUZfTP64h)へ」となっております。ただし新聞購読会員でなければコメント投稿できないようです。もし、購読会員のかたがいらっしゃるようでしたら、わたしの代わりに上記趣旨を御投稿願えないでしょうか?記事はまだ連載中なので、校正・修正の余地はあるかもしれません

 あるいは、「★「患者を生きる」は、朝日新聞朝刊生活面で連載中です。病気に関するご意見・体験を「読者ひろば」にご投稿いただくか、iryo-k@asahi.comへお寄せ下さい」とありますので、メールで送ってもよいと思います。わたしはすでに送りました。

 わたしは現在、個々の患者を診てはおりません。しかし、以前診ていたようなステロイド依存患者を増やしたくありません。離脱の苦しみが壮絶なことはよく知っています。

 よろしくお願いいたします(11月10日記)。

追記)「脱ステロイド」と「ステロイド忌避」の違いについて、2011年9月19日にまとめました(→こちら)。ご参照ください。



moto_tclinic at 15:57│Comments(0)TrackBack(0)