九州大・古江先生の最近の論文(2)NFκBデコイ軟膏「近日いよいよ商品化」

ステロイド外用剤による副腎不全



 先に日本皮膚科学会のアトピー性皮膚炎診療ガイドラインのステロイド外用剤の項で、1日5g(週35g)以上の使用から、副腎抑制の可能性を考え、ときどきチェックするべきだ、といったことが記されていることを紹介しました。
 それに関連した論文をいくつか紹介します。

 Pituitary-adrenal function after prolonged use of topical corticosteroids
D. D. Munro, British Journal of Dermatology (1973), 88, 381.

 湿疹または乾癬で長期間ステロイド外用剤を使用している40人の患者に、インスリンストレステスト(注:現在のACTH負荷試験に当たると思われる。当時は合成ACTHが無く、インスリン負荷による副腎皮質ステロイドの増加をもって、副腎機能の指標としたのだろう。)を行い、37人で正常反応であった。異常であった3人には、ステロイド外用量を半分に減らし、2~5ヵ月後に再検査したところ、正常となった。これら3人のステロイド外用剤使用量は、減量前はベタメサゾン25、30、100g/週であった。

といった内容です。

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 40人の患者のプロファイルです。例えば、上から二行目は、皮疹面積10-19%の患者は7人(17.5%)、10-19g/週外用の患者は13人(32.5%)、 10-19ヶ月外用の患者は3人(7.5%)、のように読みます。
 20-29g/週が6人、30-39g/週が6人いますから、この外用量のひと全てが一過性の副腎不全をきたしていたわけでは無いことが解ります。また60-69g/週が1人いますが、この人はインスリンストレステスト正常であったようです。

 著者は、

 The purpose of this investigation was to show that patients with chronic skin disease using   the quantity of corticosteroid ointments commonly prescribed in general practice and   hospital out-patient clinics, are not significantly at risk from adrenal axis suppression, and this has been demonstrated.
(本研究の目的は、診療所や病院で外来患者に普通に処方されるステロイド外用剤の量では、副腎抑制という重大なリスクは発生しないということを明らかにすることであり、まさにそのような結果であった。)

と結んでいます。

 わたしも、そう思います。ステロイド外用剤による依存やリバウンドを警告している医者が、より重篤な副作用である副腎不全を軽視するとはどういうことか?といぶかる方もいるかもしれませんが、依存やリバウンドと、副腎不全とはまったく別物です。今回は、この辺りについての私の考えをまとめてみました。
 私の16年間の皮膚科医の経験で、ステロイドの内服による副腎不全のケースは数例ありました。これはこれで、大変な話で、いずれもアトピー性皮膚炎でしたが、セレスタミンやリンデロンを開業医から長期間、内服処方されており、コートリル(短時間作用型のステロイド。切れている時間で副腎を復活させる)に変えて、早いケースでは数週間、長いケースでは数年間かけて、徐々に離脱させました。内服ステロイドを切らして、急性副腎不全で運ばれてきた緊急入院を受けたこともありました。
 しかし、ステロイド外用剤による副腎不全は経験したことがありません。内服による副腎不全例は経験しているので、見落としていたわけではないはずです。
 一方、依存例(リバウンド)は、数限りなく経験しました。依存例(リバウンド)と、単なるアトピー性皮膚炎の悪化と区別できるのか?と言う人もいるでしょうが、皮疹および経過に特徴があります(離脱時期の皮疹の分類)。単なる悪化と区別しにくいパターンも確かにありますが、皮膚科専門医の目で見て、「これは通常のアトピーの悪化とは異なる」と、断言できる典型的なパターンのケースも多かったです。

 この、依存(リバウンド)と副腎不全との、考え方ですが、わたしは下図のようなことではなかろうかと想像しています。

図_1_~1

 繰り返し説明しているように、ステロイド外用剤には、表皮バリア破壊作用があります。以下、上図の解説です。

1)ステロイドが少量または、間歇的なうち、あるいはもともとの表皮バリア機能が強い場合は、未だ依存に陥っていません。

2)表皮バリアが破壊される(表皮が萎縮する、と言葉を言い換えてもいい)と、さまざまなアレルゲンや悪化因子の影響を受けやすくなり、ここでステロイドを中断すると、リバウンドを起こします。これが依存性に陥った皮膚です。ステロイド外用の結果ではありますが、同時にステロイドの抗炎症作用で症状が抑えられてもいるので、止めたくても止められません。しかし、この時点では、血中へのステロイド移行はそれほどでもなく、副腎機能抑制は起きていません。

3)大量のステロイド外用が長期化すると、表皮の萎縮はもはや、外用ステロイドの血中への移行を防ぐことができなくなり、ここで、初めて、ステロイド外用剤による副腎不全が生じます。

 ですから、ステロイド外用量と、血中ステロイド濃度との関係は、上図の赤線グラフのようになるのではないかと、私は想像します。
 なぜそう考えるかと言うと、ステロイド外用剤による副腎機能不全の文献を読むと、Dr.Munroのような楽観的と言うか、「そんなに滅多に起きることではないから大丈夫」という、しかしそれなりの根拠があるデータ付の論文と、こんな恐ろしいケースがあるぞ、という、極端なケースレポートとが両方存在するからです。表皮バリアが破綻するまでは、安全域が高くても、いったん破綻したら血中ステロイド濃度は急増し、重篤な副腎不全につながる、と考えると説明がつきます。
 内服ステロイドの場合は、副腎不全になっても、内服量は一定限度内ですから、血中ステロイド濃度が極端に上がるということは無いです。ステロイド外用剤の場合、それがないので、いったん起きてしまうと、極端な経過がありうるということだと考えます。
 上記のDr.Munroの「そんなに心配しなくてもいいよ」の論文の3年後、1976年に、以前紹介したDr.Sneddonの致死第一例の報告(Dr.Sneddonのメッセージ)がありました。第二例は1979年のもので、Lancetに掲載されました。短報なので、全文引用して訳を付けておきます。

Fatal Iatrogenic Cushing’s Syndrome(致死的な医源性のクッシング症候群)
Nathan, The Lancet: 1979, p207
 

 SIR, -A 60-year-old woman was referred by a medically qualified relative for investigation of possible Cushing’s syndrome. Her main symptoms were hyperphagia with increasing  obesity,  severe back pain,  and personality change. 
(60才の女性が医療関係者の紹介でクッシング症候群の疑いで、検査のため来院した。主な症状は、過食と進行性の肥満、背部痛と性格変化であった。)
 She also gave an 8-year history of submammary intertrigo for which her general practitioner had prescribed increasing quantities of topical  steroids,  which  she had applied  over progressively larger areas of her trunk. Before admission, she had used 200g clobetasol propionate 0.05% (’Dermovate’) and 500 g of a   1:4 dilution of the same preparation each week, as well as an unknown quantity of beta methasone valerate (’Betnovate’).
(彼女はまた、8年前から乳房下の間擦部に湿疹があり、担当医からステロイド外用剤の処方を受けていた。その量は当初にくらべ増え、範囲も体幹部に広範に広がっていった。入院前には、彼女は1週間当たり、0.05%プロピオン酸クロベタゾール(デルモベート)200gと、これを1:4に薄めた軟膏500g、および、総量不明のコハク酸ベタメサゾン(ベトネベート)を外用していた。)
 On admission, she was confused and appeared typically Cushingoid, with a plethoric moon face, hirsutism, and gross truncal obesity. Her skin was paper thin; there was widespread bruising and she also had pigmented abdominal strix.
(入院時、彼女は精神状態が混乱しており、満月様顔貌、多毛、体幹部肥満というクッシング様外観であった。彼女の皮膚は紙のように薄く、広範な皮下出血斑が見られ、腹部には色素線条が見られた。)
 Bloodpressure was 140/80 mmHg and there were no abnormal cardiac or respiratory signs, except for ankle oedema. Proximal muscle weakness was prominent. She had hypokaleemia (3-1 mmol/L) and glycosuria with a raised blood-glucose of 14.22 mmo]/l (256mg/dl). Plasma-cortisol on admission at noon was less than 60 nmol/l (2.2μg/dl)  and plasma-adrenocorticotrophic-hormone (A.C.T.H.) was less than 10 ng/l. Plasma clobetasol and betamethasone levels were both 700 pg/l, taken 36 h after the last  application of the creams. X-rays of the spine showed osteoporosis with collapse in both the thoracic and lumbar regions.
(血圧は140/80で、足首の浮腫のほかには心臓・肺に異常な兆候を認めなかった。近位筋力低下が明らかだった。低カリウム血症(3-1 mmol/L)と糖尿・血糖上昇(14.22 mmo]/l (256mg/dl)がみられた。入院時の正午の血漿コルチゾールは 60 nmol/l (2.2μg/dl)以下で、ACTHは10 ng/Lであった。血漿クロベタゾールおよびベタメサゾンは700 pg/l、(最後の外用後36時間)であった。脊柱のレントゲンで胸椎および腰椎の圧迫骨折を伴う骨粗鬆症がみられた。)
 Treatment included withdrawal of the topical steroids and their substitution by decreasing doses of oral hydrocortisone. Mobilisation was encouraged, but the patient resisted  this. Subcutaneous heparin was given for thrombosis prophylaxis.
(治療として、ステロイド外用剤の中止と、より低容量の経口ハイドロコーチゾンが行われた。 運動を勧めたが、彼女は行おうとしなかった。ヘパリンの皮下投与が、血栓予防のため行われた。)               
 She improved, but 3 weeks after admission she became anuric,and within hours, both legs showed signs of venous obstruction. Her systemic steroids were increased to cover this stress, but the possibility of an addisonian crisis had been excluded by a plasma-cortisol of 615 mmoI (22 g/dl). Despite supportive measures, she died a few hours later.
(彼女は改善したが、入院3週間後、無尿となり、数時間のうちに両下肢が静脈閉塞を起こした。ステロイドの全身投与が、ストレス対策として増量された。しかし、副腎クリーゼの可能性は、血漿コルチゾール値が615 nmoVI (22μg/dl)であることから、否定された。さまざまな治療にもかかわらず、数時間後に彼女は亡くなった。)
 Necropsy showed extensive venous thrombosis, particularly affecting the inferior vena cava. The kidneys showed tubular necrosis, secondary to the venous obstruction. There was gross adrenal atrophy and the pituitary gland showed Crooke’s hyaline change of the basophils thought to be due to the continued exogenous steroids. A coroner’s inquest supported the diagnosis of iatrogenic Cushing’s syndrome with consequent immobilisation resulting in a fatal thrombosis.
(死体解剖の結果、下大静脈を中心とする広範囲の静脈血栓が確認された。 腎臓は静脈閉塞による二次的な尿細管壊死を来たしていた。副腎はひどく萎縮しており、下垂体にはクルークの硝子様変性を認めた。これは、継続的な外因性ステロイドの影響によると考えられた。死体解剖の結果、医源性クッシング症候群とそれに伴う運動不足の結果、致死的な静脈血栓を起こしたと判定された。)
 Cushing’s syndrome due to excessive
topical corticosteroids, particularly clobetasol, is well described. 50 g clobetasol propionate 0.05% will suppress the hypothalmic-pituitary-adrenal axis, and larger quantities of betamethasone will have a similar effect. Clinical Cushing’s syndrome has been described with the use of 100 g of clobetasol per week used without occlusion.
(過剰なステロイド外用剤によるクッシング症候群、とくにクロベタゾールによるそれは、良く知られている。50gの0.05%プロピオン酸クロベタゾール外用は、視床下部―下垂体―副腎系を抑制するし、ベタメサゾンでも多量に用いれば同様である。非密封療法によりクロベタゾールを一週間に100g使用したことによるクッシング症候群の臨床報告がある。)
 There has only been one previous reported fatality due to topical steroids, from an addisonian crisis in a child in whom long-term topical  betamethasone had been abruptly stopped. This case should remind prescribers that the risks attendant on widespread application of potent topical corticosteroids are similar to  those of systemic steroids. As the manufacturers make clear, complications must be expected with doses exceeding 50g per week.
(これまでに、ステロイド外用剤による死亡例の報告は一例のみであり、それは長期間ベタメサゾンを外用していた小児が急に中断したことにより副腎クリーゼを起こしたものだった(注:Dr.Sneddonの症例です)
。今回報告のケースは、ステロイド外用剤を処方するにあたっては、広範に強力なものを外用するということは、全身投与と同じリスクがあるということを、忘れてはならない、という教訓である。メーカーが明らかにしているように、1週間に50g以上の外用では副作用に注意しなければならない。)

 蛇足になるかもですが、念のため付記しておきますと、今回の記事は、ステロイド外用剤による副腎不全の怖さではなく、表皮バリア機能による安全域の広さを訴える趣旨です。ステロイド外用剤だけでは、簡単には副腎不全を起こしませんよ、依存やリバウンドとは別物ですよ、と、私は書いています。誤解なきようお願いします。



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