ステロイド忌避のメリットプロアクティブ治療についてのまとめ

「脱ステロイド」と「ステロイド忌避」

 最近、コメント欄を通じて、ある患者のブログを紹介されました。
 以下、その方(Aさん)の経過を概略します(一部改変してあります)。

 思春期にアトピー性皮膚炎を再発して、以来25才ころまで、ステロイド外用剤を、悪いときに、時どき外用して凌いでいた.。

 結婚の一年前くらいから効きが悪くなり、短期間入院したりしながらも、ステロイド外用治療を続けたが、ある日「効かなくなった」と感じて、ステロイド治療を中止した(本人はこれを「脱ステ」とおっしゃっています)。

 ひどい「リバウンド」に見舞われた。当時書店でよく見かけた温泉宅配療法の本を読み、その温泉宅配の民間療法を受けながら、一年半ほどでやや回復。その後は、なんとか仕事に復帰しつつ、十数年間、ステロイドを使わずに過ごしてきた。

 しかし症状は必ずしも良くは無く、とくに季節や転居に伴って、悪化軽快を繰り返していたが、この一年ほど前から徐々に悪化してきた。

 「そういえば、最近脱ステ関係の本を、本屋で見なくなったな?」と気が付いて、ネットなどで調べて、九州大学のHPに行き当たり、「標準治療」の「どんない重症でも症状なく暮らせるようになります」(http://www.kyudai-derm.org/atopy_care/effectiveness_top.html)との記述を読んで、一大決心し、近くの大学病院を受診してステロイド治療開始。

 大学病院での治療は、標準治療のアプローチ2(http://www.kyudai-derm.org/atopy_care/improvement_top.html)に加えて、通院ごとにデルモベート軟膏を全身に外用するという、標準治療にデルモベートによるプロアクティブ治療を加えたような、標準治療よりも強めのステロイド外用治療であった。

 再び依存→リバウンドになるのではないかという不安があったが、一年目を迎えて、約一ヶ月間、ステロイド無しで生活できるまでに落ち着いた(ステロイド中止して一ヶ月目で、若干の皮疹というか痒みが出る程度)。

 十数年前の自分の「脱ステ」は何だったんだろう?と、感じ始めている。


 この方の経過を図示すると、下図のようになります。
 1

 

 以上の経過を読んで、わたしは、Aさんは「ステロイド依存」を経験していない、単なる「ステロイド忌避」を十数年間続けてきた患者ではないか?と考えました。 「依存」と「忌避」という、重要な概念の説明に、Aさんの経過はうってつけなので、以下、この点について、解説します。
 まず、概念の説明ですが、下図をご覧ください。
2
 
 それまで良かった皮疹が悪化するに当たっては、何らかの悪化要因があります。これは、アレルギーとか、非アレルギーとかという問題ではなく、何か外的刺激があるわけです。内側から湧き上がってくるように感じるかもしれませんが、目には見えない要因に反応しているということです。
 ステロイドを使用することで、炎症は治まりますが、悪化要因が強く、継続すると、だんだんと「効かなくなって」くるように感じることはありえます。ここで、「脱ステロイド」というか、ステロイドを中断すれば、その後、悪化が続きます。これは、悪化要因が解除される、あるいは体が慣れるまで続きます。

 私個人の思いとしては、ここで「脱ステロイド」という言葉を使って欲しくありません。なぜなら、「脱」という語は、何か悪いものから離れる、といった意だからです(脱メタボ、脱原発など)。
 この図の場合、ステロイドは、患者に対して何か悪い作用をしているわけではないですから、「脱ステロイド」という語は、どうも私の中ではしっくり来ません。「ステロイド中止」でしょう。もし、何か強い意志をもって中止したなら、「ステロイド忌避」です。

 「ステロイド忌避」は必ずしも悪いことではありません。なぜなら、メリットもあるからです。メリットは、
1)後述する「依存」には決して陥らない。
2)皮膚が反応するので、悪化要因探しおよび排除の役に立つ。

です。
 デメリットは、「見た目が悪く、痒い」です。忌避を選ぶかどうかは、個人の選択の自由です。他人がどうこういうことじゃありません。
 一方、「依存」というのは、下図のような状況です。

3
 

 ステロイド外用剤には、善と悪、二つの面があります。
善は、
1)抗炎症作用、
2)抗炎症作用の結果、炎症で破壊されていた表皮バリア機能が修復される

で、悪は、
3)ステロイド外用剤自体がもつ、表皮バリア破壊作用 
 です。
 連用の結果、3)>1)+2)となれば、もはや、ステロイド外用剤は、「悪」です。外的悪化要因が無くなっていても、ステロイドによる表皮バリア破壊の結果、微々たる刺激に反応するようになって、炎症が続きます。この状態が「依存」です。依存に陥ると悪化要因から解除されたあとも皮疹の悪化はおさまりません
 この状態からの脱却が、わたしのイメージでは、「脱ステロイド」です。ステロイドからの脱出であって、単なる中止ではないです。ほかに選択肢がないです。

 3)>1)+2)となる時点、すなわち、依存の始まりは、それまでに使用したステロイドの強さ・量も、もちろん関係しますが、それ以上に、個人の体質というか肌質が大きいと思います。なぜなら、以前、医歯薬出版から書籍を刊行した際に(現在は絶版ですが、全国の医大図書館に寄贈してあるので、つてのある方はご確認ください)、依存患者の過去のステロイド使用歴を、徹底的に前医に問い合わせたことがあるのですが、いわゆる「標準治療」レベルを超えるような処方歴の患者はあまりいなかったからです。
 おそらく、遺伝的に、ステロイド依存に陥りやすい肌質の患者がいるのでしょう。

 さて、以上の解説のもとに、Aさんの経過を振り返ってみましょう。
 ステロイド依存を疑わせる材料は、
1)25才ごろ、ステロイドを中止し、そのあと1年半、ひどく悪化した
2)「塗っても効かない」感じがあった
です。しかし、これは、上図の、悪化要因継続状態でのステロイド中止の際にも、おきうることです。
 私が、Aさんが依存ではなかったのではないか?と考える最大の理由は、この一年のステロイド治療経過です。上にも書きましたように、標準治療レベル以上のステロイド外用治療ですから、もしこの方が依存を来たしやすい体質であれば、そろそろ、それなりの兆候が現れてもおかしくないです。
 しかし、Aさんは、この一ヶ月は、仕事が忙しかったのもあって、ステロイドの外用をまったくせず、保湿剤だけで過ごせたようです。ということは、この時点で、Aさん
は依存に陥っていません。十数年前に、ステロイドを中止した前よりも、おそらくは、多量のステロイド外用剤を、この一年間で使用していると考えられるにも関わらずです。

 「依存」なのか「ただの悪化」なのか、言い換えると、その患者がステロイドを中止したのが「脱ステロイド」なのか、「ステロイド忌避」なのか、は、病歴の聴取だけからは難しいです。
 Aさんの場合は、十数年前の離脱時の写真経過が無くて残念なのですが、皮疹を診ることで、依存が診断できる場合があります。というか、私はそもそも、この、依存→離脱時にみられる独特な皮疹はなんだろうと疑問を抱いて(古典的アトピー性皮膚炎の皮疹というには奇妙すぎるので)、ステロイド依存の問題に関わり始めました。
 阪南中央病院の佐藤先生が、昔、名市大の助教授に赴任してきた際の、「最近、アトピー性皮膚炎の皮疹の範疇に含まれない奇妙な皮疹が増えている」という学術講演を聞いて、そう言われると確かにそうだ、やはり同じことを感じていたのか、と思って、気をつけて患者を診ていて、ステロイド依存が関係しているようだ、と気が付きました。 1990年代のことです。 その当時は、普通に皮膚科の学会でも取り上げられて、皆で議論されていたこともあったのですが、以前、ブログでも書いた東大系の先生に対する訴訟があってから、一気に粛清ムードになって、語ることもタブーになってしまいました。

 依存および依存からの離脱時に特有な皮疹というのは、いくつかありますが、いちばん解りやすいのは、こちら(→クリックの、96.11.21のような皮疹です。皮膚科用語でいうと、「痒疹および、それよりもやや大き目の隆起性浸潤性紅斑」といいましょうか。ステロイド中止前にわかります。これこそ「塗っても効かない」です。デルモベートだろうが、内服ステロイドだろうが、治まりません。
 99.01.29の写真の皮疹は、ほど紅皮症状態ですが、これは、普通のアトピー性皮膚炎の悪化として解釈できる皮疹です。彼はこのとき、「ステロイド忌避」を選び、悪化要因として転居が疑われたので、再転居で対処して良くなりました。このとき、ステロイド外用治療は選択できたし、私もそう話はしましたが、彼はそれを選びませんでした。だから「ステロイド忌避」です。しかし、最初のは「脱ステロイド」です。

 実のところ、わたしが、皮膚科医であった10年前には、わたしは「脱ステロイド」と「ステロイド忌避」の、言葉の区別の問題を重視していませんでした。脱ステの患者も、忌避の患者も、やることは同じ(ステロイド外用剤中止)であったからです。
 しかし、Aさんのように、依存ではないかもしれない状態でステロイドを中止し、その後のステロイド忌避を経て、ステロイド外用治療(標準治療)を再開するという患者は、近年増えてきているのかもしれません。
 もしそうであるなら、「脱ステはやはり無効だ。アトピービジネスの作り話に過ぎない。標準治療で全てのアトピー患者は良くなる」という、大きな誤解の元です。それで一番不幸な目に合うのは、真の「依存」患者です。
 真の依存患者にとっては、脱ステ以外に選択肢はないわけですから、彼ら彼女らの治療環境を守るためには、「脱ステロイド」と「ステロイド忌避」とを、今後は、明確に分けて考えたほうがよいと思います。
 
追記:九州大の標準治療関連のHPの記載に、
http://www.kyudai-derm.org/atopy/body/06_3.html
「十分にステロイド外用治療を行なっても、あまり効果のない方もいます。我々の調査では乳児期で7%、幼小児期で10%、思春期・成人期で19%に認められました」
とあります。この中に、真の依存患者は含まれます。忌避の患者に「十分なステロイド外用治療」を施せば、Aさんのように、「著効例」となるでしょう。
 一方、単なる忌避の患者が、どのくらいなのか、これは、まったく不明です。
 なぜなら、忌避の患者は、そもそも脱ステ系の病院や医師のところにも来ないことが多いからです。
 依存の患者は、病院に来ることが多いと思います。忌避の場合は、自分で決意して始めるわけですが、依存の患者は、訳が解らなくなって近隣の大病院を志向すると思います(私が皮膚科医であった頃はです。いまだと、ネットで自分で調べることができるので、違うかもしれません。)
 

 追記2:以前、「2010年11月10日の朝日新聞の記事」に、ほぼ同趣旨のことを書いています。よろしければご参照ください(→こちら)。

 追記3:「ステロイド依存」はSteroid addictionの日本語訳ですが、「ステロイド忌避」はSteroidphobia(-phobia=~恐怖症)に近いと思います。  依存とaddictionの語感が微妙に違うのと同様、忌避と-phobiaもまた、語感が異なりますが、Steroid addictionとSteroidphobiaの相互関係は、ステロイド依存とステロイド忌避の相互関係に近いと言っていいと思います。



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