1996年の玉置先生の講演と竹原先生の質疑ステロイド忌避のメリット

なぜリバウンドはステロイドを外用していなかったところにも出るのか?


 コメント欄に以下のようなメッセージを頂きました。

 私は体にステロイドを塗りますと 顔には塗らなくてもきれいにアトピー症状が治ります。そしてこのたびプロアクティブ療法をしてみよう、と毎日塗っていた体に2日塗らなかったところ、体には痒みも湿疹も出ませんが顔に赤くて痒い、熱を持った湿疹が出て来ました。2日どうにか空けれたのでまた体に塗ると少しは顔の方も改善されました。これは以前から感じていたので、主治医にも相談しましたら「そういう人いるですよね~」で終わってしまいました。しかし私にすると「ステロイドは外用であってもかなり体に吸収されているのでは?」と危惧してしまいます。ネット上で皮膚科医に相談したこともありますが「ありえない。それなら手に塗って全身に効けばそんな便利なことはないですね(笑)手についたステロイドが顔を触ったことで治るのでは?」でした。しかし最近脱ステ中の方がステロイド入りの目薬をさして全身のアトピーがよくなった方を見つけましたし、やっぱり外用であっても吸収するのでは?と思います。先生のブログほとんどにめをとおしたつもりなのですが、そういう記事が見当たらなかったので、もし何かご存じのことがあればまたいつか記事にしていただけると嬉しいです。

 この方の疑問に、明快に答えられるだけの知識を残念ながら持ち合わせていないのですが、ヒントとなる論文の心当たりはあります。それは、「体のある箇所での湿疹は、ほかの離れた場所での湿疹の原因となることがある」というもので、これは、裏返せば、ある箇所の湿疹をステロイドで抑えると、離れた場所の湿疹をも抑えられる可能性がある、ということです。こういう現象があることを知っていれば、とくにステロイドの経皮吸収のことを考えなくても、説明は可能です。「体には痒みも湿疹も出ませんが」とありますが、ステロイドで抑えていたくらいですから、まったく皮膚に炎症変化が無いとは考えにくい(ミクロのレベルでは炎症がおきていると思う)し、ステロイドを点眼するということは、目に炎症があったということなので、これを抑えることで遠く離れた皮膚の湿疹が治まることは有り得なくもないです。
 自家感作皮膚炎や病巣感染は、こういう考え方の上に成り立っています。
 ところで、リバウンドのときには、ステロイドを外用していなかった部位にも、湿疹が拡大していきます。これは、普通に経験されることです。
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(http://steroidwithdrawal.doorblog.jp/archives/1047054.html)

 こんな感じで、広がりつつ、治まっていくわけですが、実はこの「ステロイドを外用していなかった場所にもリバウンドが生じる」という現象は、ステロイド外用剤による局所の表皮バリア破壊作用だけでは説明がつきません。 
 それで、考え方の補足として、「体のある箇所での湿疹は、ほかの離れた場所での湿疹の原因となることがある」という現象について記した論文を紹介しておこうと考えました。
 1975年の論文です。短いので全文紹介します。ただし少々読みにくいです。とくにメカニズムの考察部分は、1975年当時の知識でなんとかこの現象を解釈しようと無理してる感じです。かなりの意訳ですが、雰囲気だけ読み流してください。

 The angry back syndrome: eczema creates eczema
「アングリーバック(怒った背中)」症候群: 湿疹が湿疹を呼ぶ
Contact Dermatitis. 1975 Aug;1(4):193-4.
J. C. Mitchell

Division of Dermatology, The University of British Columbia, Vancouver, B. C, Canada

  

False positive patch test reactions are common when the skin of the back is hyper-reactive. Such reactions can obscure or invalidate observations of multiple specific sensitivity and of cross-sensitivity to contactants. The pathogenesis of the hyper-reactive skin ('angry back') is discussed and a mechanism postulated for the notion that eczema at certain sites can provoke an eczematous tendency at other sites.
背中(注:パッチテストは背中で行うことが多い)の皮膚の過敏性が亢進しているときにはパッチテストの偽陽性率が高まる。
そのような偽陽性反応は接触源(アレルゲンや刺激物)に対する、複数の過敏性や交差反応性の診断を困難にする。
本稿では、過敏性の亢進した皮膚(「アングリーバック」=怒った背中 注:陽性反応で赤く腫れ上がった様子を「怒った」と比喩している)がなぜ生じるのかについて考察する。 ある箇所に湿疹が生じると、他の箇所でも湿疹が起き易くなるのではないかと言う仮説の提唱である。

If one strong positive patch test reaction is obtained, no credence can be given to any other concomitant 'positive' reactions. All devotees of patch testing may know about 'status eczematicus' but it seems that no body writes about its practical implications. There does not seem to be a definitive published study of this aspect of patch test false positivity although the literature abounds with studies of concomitant cross- sensitivity phenomena which must be suspect as fallacious until the item of concomitant false positivity is rigorously examined. An allegation that there is a conpiracy of silence about the 'angry back' is almost justified.  When confronted on a hot summer day with an assortment of juicy positive patch test reactions, possibly biochemically believable, who is going to call the patient back once a month until Christmas and repeat all the 'positive' tests?
To re-state the case: a single strong positive patch test reaction creates an angry back which is hyper-reactive to other patch test applications. Concomitant false positive reactions are thus frequently obtained. Most often test sites adjacent to the patch test dermatitis are those which react as false positives but the whole back, if not the whole skin, may be hyper-reactive. A plan for investigating this 'hyper-reactive' state might include the following general considerations and special aspects of patchtesting.
ある一ヶ所のパッチテストの結果が強陽性である場合には、同時に行ったほかのパッチテストの結果が「陽性」であったとしても信用してはならない。
パッチテストをよく行っている者であれば、誰でもこの「易湿疹化状態」ともいうべき現象を知っているだろう。しかし、それが臨床的に意味することについての記述はまだない。
パッチテストの偽陽性に関しては、交差反応現象については、文献も多く、精力的に調べられている。しかし「アングリーバック」の面についての信頼できる文献はなさそうである。
「アングリーバック」と言われる現象については、皆知っているが、あまり語ろうとしない。それは無理もないことと言える。
暑い夏の日に、いくつものじゅくじゅくしたパッチテスト陽性反応を確認し、その濃度についても信頼できると判定した後で、(3ヶ月くらいあとの)クリスマスの1カ月前に、誰が患者を呼び戻して、再検査したいものか。
言い換えると、アングリーバックとは、いくつかのパッチテストのうち、一つで強い陽性反応があると、ほかのパッチテストの結果が偽陽性に出やすいということだ。
そのためパッチテストの偽陽性の頻度は増える。
たいていは、パッチテストで強陽性(湿疹)の箇所に近い部位で行われたパッチテストの結果が偽陽性になるのだが、全身の皮膚とまではいかないまでも、背中全体の皮膚の過敏性が亢進している。
この「過敏性亢進」状態について研究することは、以下に記すような一般化された考えへとつながるし、パッチテストの特別な側面を明らかにすることでもある。

General considerations
一般化され
た考え
1. The presence of eczema anywhere on the body surface creates a hyper-reactive state of the whole skin long known as 'status eczematicus'.
体表面のどこでも、湿疹が存在すると、全ての皮膚は過敏性が亢進し、昔から知られている「易湿疹化状態」となる。
2.  Regional differences occur. Eczema of the leg is particularly liable to induce hyper-reactivity of the contralateral leg and of the trunk, upper limbs and face (the clinically observable 'autosensitization' sites).
部位による違いはある。脚の湿疹は特に、対側の脚や体幹、上肢や顔の過敏性亢進を引き起こし易い(臨床的に「自家感作性」部位と言われる)。
3.  Eczema of the feet can induce hyper-reactivity of the hands.
足の湿疹は手の過敏性亢進をきたす。
4.  Eczema of the hands, can induce hyper-reactivity of the skin of the trunk.
手の湿疹は体幹の皮膚の過敏性亢進をきたす。
5.  Eczema of a grafted site can induce hyper-reactivity of the donor site.
移植皮膚の湿疹は、それを採取した部位の過敏性亢進をもたらす。
6.  The above regional expressions of induced eczema depend on regional variations of the carrier proteins for allergic eczema.
以上のような、誘発性の湿疹が部位的な特徴をもつ理由は、アレルギー性湿疹の場合、抗原物質と結合するキャリア蛋白質が、部位によって異なるからであろう。
7.  Both irritant and allergic eczema can induce hyper-reactivity elsewhere on the skin.
非アレルギー性の刺激物質による湿疹でも、アレルギー性湿疹であっても、他の部位の皮膚の過敏性亢進を引き起こす。
8.  Irritant eczema is allergic eczema in which the allergic response is directed towards skin protein rather than hapten-bound skin protein.
刺激性の湿疹は、刺激物質がハプテンとして皮膚の蛋白質と結合したものに対してではなく、皮膚の蛋白質そのものへのアレルギー反応という意味で、アレルギー性の湿疹と考えることになるだろう。

Special aspects of patch testing
パッチテストの特別な側面
A positive patch test reaction creates hyper-reactivity of the skin elsewhere from one or more of the following factors:
パッチテストの陽性反応は、以下の一つあるいは複数の理由から、他部位の皮膚の過敏性亢進を引き起こす。
1.  A positive patch test reaction creates general or regional hyper-reactivity as under General considerations.
パッチテスト陽性反応は、前述の「一般化された考え」のような理由で、全身または一部の皮膚の過敏性亢進をひきおこす。
2. Patch test chemicals, which are marginal irritants, are frankly irritant for hyper-reactive skin.
パッチテストに用いられる化学物質は、微量でも刺激物であり、単純に刺激反応として過敏性の亢進した皮膚に作用する。
3.  A patch test chemical is carried from a patch test site to adjacent sites by the lymphatics. This item is only relevant to quite closely adjacent false positive reactions.
パッチテストに用いられた化学物質が、リンパ行性に、近接した部位へ運ばれる。これは、非常に近接した部位でのパッチテスト偽陽性でのみ当てはまる。
4.  A patch test chemical is carried from a patch test site to the whole skin by the blood stream.
パッチテストで用いられた化学物質が経皮吸収されて血流を介して全身の皮膚に運ばれる。
5.  Sensitized lymphocytes, circulating in the blood stream, accumulate at the site of penetration of the chemical which provoked a specific allergic patch test reaction.
感作されたリンパ球が、血流にのって循環し、その化学物質が侵入した箇所に集まって、特異的アレルギーに基づくパッチテスト陽性反応となる。
6. Some of the sensitized lymphocytes 'go the wrong way' and accumulate at hyper-reactivc sites. At these sites they encounter blood-borne allergens and evoke eczema at 'the wrong place', i.e. not at sites of contact.
感作リンパ球の一部が何らかの理由で「誤って」 過敏性の亢進した部位に集まる。これらの部位において、リンパ球は血流によって運ばれてきたアレルゲンと遭遇し、「誤った場所」すなわち、接触した部位ではない皮膚において、反応を起こす。
7.  Marginal irritation attracts 'wrong way' lymphocytes and invites their meeting with circulating allergens leading to 'wrong place' dermatitis.
あるいは、微量の刺激が、「誤って」リンパ球を引きつけ、循環血液中のアレルゲンと結合し、「誤った箇所で」皮膚炎を引き起こす。
8. Thus, false positive patch test reactions and 'tape reactions' can result from 'wrong way' lymphocytes meeting absorbed allergens at 'wrong places'. They therefore represent allergic eczema occurring at sites other than contact sites.
このように、パッチテスト偽陽性や、「テープ反応」(パッチテストのテープを貼ったあとが湿疹反応を起こすこと)は、「誤った場所」での、リンパ球と、吸収されたアレルゲンとの「誤った」遭遇により、引き起こされる。そのため、アレルギー性の湿疹が、接触部位とは別の個所で生じることとなる。
9. Sensitized lymphocytes remain at sites of eczema long enough to provoke recurrence of eczema if an allergen is subsequently administered parenterally or applied topically and then absorbed and carried to the sites.
感作されたリンパ球が、湿疹の場所に長く留まることによって、もし、アレルゲンが、その後、非経口的に投与されたり、外用されたりして吸収され、その個所に運ばれれば、湿疹の再燃をきたす。
10. Along the above lines, 'wrong way' carrier protein can produce 'wrong place' eczema. Carrier protein is regionally specific and transitory otherwise everyone would always have eczema everywhere.
以上のような流れで、キャリア蛋白質は、「誤った個所」で湿疹反応を引き起こす。キャリア蛋白質は、部位特異的であり、一時的なものである。さもなければ、誰もが体中の湿疹に悩まされることになる。
11. A breakdown in the control mechanisms for ubiquitous eczema leads to exfoliative dermatitis.
もしも、汎発性の湿疹をコントロールするメカニズムが破綻すれば、剥脱性皮膚炎となる。

 「アングリーバック症候群」というのは、たぶん今でも皮膚科の教科書に普通に出てくる語で、本論文は、これをはじめて記述したものです(Mitchell先生が「アングリーバック」という語を初めて使いました)。もっとも現在では、「アングリーバック」というのは、接触皮膚炎の原因検索のためのパッチテストを行う際に、ほとんど全ての反応が陽性に出てしまって、せっかくの検査が台無しになってしまう、ノイズのようなやっかいな現象、くらいにしか認知されていませんが、もともとの論文の趣旨は、上記のように、パッチテストの際の「アングリーバック」は、「体のある箇所での湿疹が、ほかの離れた場所での湿疹の原因となっている例があるようだ」という、臨床観察のメカニズムの解明に役立つものかも知れない、というものでした。
 その後、アングリーバック症候群については、1980年代、90年代に散発的な研究がなされたものの、近年では、忘れ去られてしまったように思います。ステロイド外用剤のリバウンドの実験動物モデルは確立されていますが、アングリーバック症候群の動物モデルは聞いたことがありません。したがって、分子生物学的なというか、細かいメカニズムの研究は進んではいませんが、現象としての臨床観察は、このように「Contact Dermatitis」という一流の皮膚科雑誌の論文として残っています。わたしは、リバウンドの際に、ステロイドを外用していなかった部位にも炎症が波及するのは、まだ詳しくは解明されてはいませんが、アングリーバック症候群類似のメカニズムによるのだろうと、考えます。そして、最初に掲げた、ステロイドを塗ると他部位の湿疹が収まる方の疑問も、ステロイドの経皮吸収ではなくて、似たようなメカニズムなのだろうと思います。
 
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 Angry back 
http://dermnetnz.org/procedures/patch-tests.html より引用)

「アングリーバック症候群」という言葉は、「Steroid addictionのマウスモデル」でも、出てきます。ちょっとややこしい話なので、わかりやすく紙芝居を作ってyoutubeにUPしてみました。

                          なぜス~1
 

                        上の画像または→ここをクリック。



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