11月20日放送予定のNHKスペシャル「アレルギーを治せ!」「ステロイド外用剤のウソとホント」の嘘

原重正先生の脱ステロイド療法

  先日、
1)ステロイド依存の問題に先に気が付いたのは、「アトピービジネス」の側だ。
 たとえば、日本オムバスという温泉宅配のアトピービジネスがありますが、ここは1988年には営業を開始しています。淀川キリスト教病院が脱ステロイドを始めた1990よりも早いです。
 と記しました
(→ここ)。
 皮膚科医が気が付いたというか、声を上げたのは、確かに遅かったのですが、実は日本オムバスのような民間療法に先立って、小児科の先生で、この問題に気がついて警鐘を鳴らした方がいました。それが、原重正先生です。
 この先生のことをご存知のかたは、あまりいないと思います。私もお会いしたことはありません。
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昭和19年 慶応大学医学部卒
昭和50年 群馬大学小児科、松村龍雄教授から食物アレルギーを学ぶ

 という方で、一般向け著書のみが残っています(もちろん絶版です)。横浜で「原クリニック」という医院を開業なさっていたようです。
 1987年初版の「住まいのダニとアトピー性皮膚炎」の表紙には、
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 しっかりと「脱ステロイド療法の診断と治療」とサブタイトルが付いています。
 2年後の1989年初版の著書になると、
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 表題は「さよなら!ステロイド軟膏」で、サブタイトルが「アトピー性皮膚炎の予防と治療」と逆転しています。
 内容をすこし抜粋します。
 まず1987年の著書のほうから。
ステロイドの使用に賛否両論
 アトピー性皮膚炎にステロイド軟膏を使ってよいかどうかについては、学者の間で意見が分かれます。ほとんど大部分の皮膚科医と小児科医はステロイド軟膏の使用に賛成の立場をとっているのに対して、ごく一部の医師が反対しております。賛成の立場に立っている医師は、副作用といってもたいしたことはないのだから、ひどいアトピー性皮膚炎に対して即効性のある強い薬を使うのは医師の義務であると主張しているのに対して、反対の立場に立っている医師は、ステロイド軟膏の離脱症状のひどさから、使用をためらっている人もいます。私も反対の立場に立っていますが、私の反対理由は、もっと積極的なもので、ステロイド軟膏を使っていたのでは、アトピー性皮膚炎は根治できないということなのです。

 この時代に、すでにこのような議論が医師の間でなされていたというのは驚きです。昔のことというのは、医学雑誌で論文という形で残っていないと本当に歴史から消えてしまいます。いったいいつからこういう議論が始まったのか、どこかに資料は残ってないだろうか?
 次に、その離脱症状についての記述を見てみます。
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 ステロイド軟膏離脱後の経過について、原先生は、ABC三つのタイプに分かれるようだとしています。BタイプはAタイプとほぼ同じで、やや軽いもののようです。Cタイプはいちばん軽く「ヤマ」も一度だけのようだ、としています。

 ステロイド軟膏の塗布を中止した日をスタートとして0日とします。三、四日から一週間前後にかけて、全身の皮膚が赤く腫れて、じくじくしてくるだけでなく、ものすごいかゆみが出てきて、二週間後に最悪の状態になります(第一のヤマ)。
 それがだんだんとよくなり、五、六週めにはステロイド軟膏をつけていた時よりもよくなり、ほっとするのですが、早ければ一ヵ月半から二ヵ月後に今度はものすごい湿疹が出てきます(第二のヤマ)。
 最初に顔がちかちかとかゆくなって赤くなったと思うと、一週間後には全身が赤くただれてきます。顔は熟れすぎたトマトみたいに円く腫れあがり、黄色い液が流れてきて、寝ていると耳の中まで入ってきます。手足は腫れてこわばり、歩行も用足しもできなくなります。体はほてり、微熱がでてきて気持ちがざわつくような寒気を感じ、空気にふれるのもいや、という感じになり、この世の終わりかと思うようになります。そのうちにフケが多量に落ち始め、夜はかゆくて眠られず、思わず大声をはりあげてしまうようになります。この状態は五六ヶ月つづきます。家族の中の不安はつのり、ともすればくじけそうになるでしょう。ご近所の目もあり、精神的に疲れてきます。
 しかし、六ヶ月をすぎてやっと下り坂になると、さすがに皆さんほっとされますが、そのときに掃除の手を抜きますと、病状は良くなったり、悪くなったりして治らずじまいになってしまいます(波状部)が、毎日の拭き掃除と食物制限をきちんと続けてゆけば、早い人は一年くらいたちますと、皮膚のあちらjこちらに健康的なみずみずしい皮膚があらわれはじめ、二年で全治する人も出てきますが、三年くらいかければほとんどの人が治ります。
 この第二のヤマの期間中は、のみ薬としては、かゆみ防止のための抗ヒスタミン剤だけで、つけ薬としては白色ワセリンだけ使います。頭部は純粋の食物油を使います。

 特徴的なのは 、AおよびBタイプで「ヤマ」を二相性と捕らえているところです。リバウンドがこのように二相性に来る、と言っている先生をほかに知りませんし、私の経験とも合いません・・。離脱後最初のリバウンドと、その後の過敏性の亢進した皮膚への悪化要因の暴露による反応とを、このように観察したのかもしれません。
 Cタイプは、おそらく依存に陥っておらず、すみやかにステロイドを止めることができて、その後は悪化因子に反応して波状の経過をたどる、というタイプなのでしょう。
 1989年の著書のほうもだいたい似た内容なのですが、文章はやや詳しくなっています。
 アトピー性皮膚炎の根治療法は、ステロイド軟膏の即時中止から始まります。補助療法はそれから二週間後に始めます。その理由はステロイド軟膏をつけている時は、本来あるべき症状がなくなってしまっているからです。同時に、その他のすべてのつけ薬とのみ薬をやめてください。
 よく漢方薬は止めなくてもよいかと電話をいただくのですが、私のクリニックの調査では、湿疹用の漢方薬で約一割の人が薬疹を起こしておりましたので、漢方薬も止めなければなりません。患者さん方は、西洋薬に対しては過度に神経をこがらせておりますが、漢方薬に対しては信仰に近いほどの信頼感をもっている傾向があります。その考え方は医療の邪魔になります。
 このように、どんな薬も二週間やめて、病気の素顔が出てきたところで治療を始めるのが患者さんにとっても、医師の側にとっても有利であり重要なことなのです。
 薬をやめて一週間ぐらいたつと、炎症がふき出してきます。その時のふき出し方は、それまでにステロイド軟膏のつけた期間と量と掃除の仕方によって違います。ひどい人になると炎症がどっと吹きだしてきてかゆみも強く大変な状態になります。顔がトマトみたいに真っ赤にはれて、泣き出したOLもおりました。両親からは、こんな状態をなんとかしてほしいという電話がかかってきます。薬を止めて、二週間たたないと診察できないと返事をしますと、それでもあなたは医者かとさえいわれました。しかし、二週間はじっと我慢していただかなければならないのです。親が自分の子供の病気の実態をよく知ってほしいのです。今までに、この種の訴えに、人情に負けて治療を早く始めた人は全例失敗しました。失敗の原因はただ一つ。両親の子供の病気に対する認識の甘さなのです。たった二週間の忍耐さえできないようでは、この根治療法はとても無理です。
 かゆがってしかたがない状況をみているのはつらいと思いますが、病気を根治するための認識を正しくもってがんばってほしいと思います。あかちゃんの場合ですと、ステロイド軟膏をやめただけで治ってしまったケースもそう珍しくないのです。
 その二週間の間、ご家庭ではただ手をこまねいていないで、家中の大掃除と、毎日毎日の丁寧なふき掃除をしておいてください。
 おそらくですが、松村先生の食事療法の発展というか、チリダニなど環境系アレルゲンにいち早く注目して、これらアレルゲンの除去効果判定のためには、まずステロイド外用剤を中止して、本来のアトピー性皮膚炎だけの状態にすることからスタートだ、と考えたのでしょう。そういった診療の中で、ステロイド中止後のリバウンド(原先生は「リバウンド」という語は使っていません。「ヤマ」と表現しています)や、ステロイドを中止するだけで良くなってしまう例もあることに気付かれたのだと思います。
 そして、ステロイドから脱したのち、食物や環境アレルゲンの排除を徹底することで、「根治」に結びつくと考えておられたようです。
 私的には、非常に納得のいく考え方です。脱ステロイドの先生はいろいろ知っていますが、原先生はひょっとしたら、いちばん私の考え方に似ているのかもしれません。
ステロイド軟膏使用の可否
 アトピー性皮膚炎にステロイド軟膏を使ったほうがよいかどうかについては臨床医として迷うところです。
 ステロイド軟膏は、火傷、虫さされ、蜂さされ、うるしや化学薬品によるかぶれなどの急性湿疹の場合には即効性がありますし、時として救命的でさえあります。そのような良い薬を多少の副作用があっても、重症なアトピー性皮膚炎に使うのは止むを得ない場合があります。このことは医の倫理ともからんできますので、アトピー性皮膚炎にステロイド軟膏を使うことを、一概に否定し去ることはできません。
 それにもかかわらず、私は昭和50年ごろから、ステロイド軟膏を使わないでアトピー性皮膚炎を治すことに専念してきました。最初に驚いたことは、ステロイド軟膏をやめた時の離脱症状のひどさでした。次に驚いたことは、ステロイド軟膏を使わずに治し切った時の皮膚のきれいさでした。皮膚が生まれ変わったという言葉が適切なほどの見事なものでした。そして最後に驚いたことは再発がないことでした。そのような光景を見て、ステロイド軟膏を使っていたのではアトピー性皮膚炎は根治できないと考えるようになったのです。
 やみくもに、ステロイド絶対反対!ではなさそうです。  
<ステロイド軟こうの止め方>
ステロイド軟膏がアトピー性皮膚炎を治すうえでいろいろな障害を起こしていますが、最近は患者たちの間でも、ステロイド軟膏に警戒心が起こってきたことも事実です。
 いずれ止めなければならないステロイド軟膏を一気に止めた方がよいか、徐々にやめた方がいいのかは、医師の間でも意見が分かれます。長期使用者なら、誰でも起きるステロイドの離脱症状を少しでも緩和するために、徐々にやめた方がよいという意見がほとんどですが、副作用は徐々に止めても、一度に止めても同じですし、徐々に止めるといっても、だらだらとつけているだけで、完全中止までの期間が延びるだけですから、その分だけ離脱症状も強く出てきます。ステロイド軟膏のような薬は、根治したいと思った時に、きっぱりと止めてしまったほうが早く治ります。
 ステロイド
絶対反対ではないが、軟膏を止めるときには一気に止めた方がよいとあります。このあたり、まったく同感です。もっとも、私は、リバウンドが強くてくじけそうな場合には、ステロイドの注射(トリアムシノロン)で勢いを調整するということもしましたが(→こちら)。

 リバウンドの流れを「二つのヤマ」に分けて記述している点など、やや納得のいかない点もありますが、それにしても、私の知る限り、依存例におけるステロイド外用剤からの離脱経過を日本で初めて記述し、「脱ステロイド療法」という語を始めて使った方です。
 当時は、ずいぶん変人扱いされただろうなあ・・。
 1987年といえば、私は医者になって3年目、皮膚科に転向して1年目です。当時の私がこの本を読んだら、やはり原医師は変な医者だから近寄らないようにしよう、と思ったことでしょう。

 原先生が、この著書を残してくれたおかげで、「アトピー性皮膚炎におけるステロイド依存の問題に気が付いて、日本で最初に社会に発信を始めたのは医師ではなく民間療法だ」という汚名は残さずに済みました。皮膚科医でなかったのは、口惜しいところですが。
    


moto_tclinic at 13:31│Comments(0)TrackBack(0)