11月20日放送予定のNHKスペシャル「アレルギーを治せ!」
11月20日に表記のような番組がNHKで放映されるようです。
ネット上の予告文は以下の通りです。
ぜんそくに花粉症、アトピー性皮膚炎……。アレルギー疾患は“いったん発症すると治療が難しい病”とされてきた。ところがここ数年、アレルギー治療の常識は大きく変わりつつある。たとえば食物アレルギー。これまではアレルギーの原因となる食物を避ける方法がとられていたが、今、あえてその食物を食べる「免疫療法」が驚きの成果をあげている。 |
「あさイチ」は、今年(2011)の9月5日に、アトピー性皮膚炎の特集番組を放映しています(こちらで視聴できます→こことここ)。小児のアトピー性皮膚炎に関心が高いようです。製作スタッフなど、身近にアトピーの子供さんでもいるのかな?
今回は、アトピーというよりは、アレルギー、とくに食物アレルギーについての番組のようですが、アトピー性皮膚炎にも言及される予定のようです。神奈川県立こども医療センターといえば、栗原和幸先生の特異的経口耐性誘導(Specific oral tolerance induction:SOTI)が有名です。「免疫療法」はこれを指しているのでしょう。
特異的経口耐性誘導の考え方の基礎は経口免疫寛容という現象にあります。栗原先生のイラストが解りやすいのでお借りしますと、
先にアレルゲンを食事として与えておく(経口)と、その後、経皮的にアレルゲンに暴露しても、アレルギーを発症しにくい(免疫寛容)、ということです。
わかりやすく卵アレルギーを例にとると、卵を食べるのを避けた状態で、皮膚に卵(あるいはその成分)がくっつくと、卵アレルギーが成立しやすいが、先に卵を食べておけば、卵アレルギーは成立しにくい、ということです。
従って、卵アレルギーを予防するためには、なるべく早くから卵を食べさせたほうがいい、お母さんも妊娠中に食事制限はしないほうがいい、という話になります。
←栗原先生の著書の表紙
これを発展させた考えがSOTI(特異的経口耐性誘導)という治療法で、すでに食物アレルギーを発症している患児に、病院・医師の管理の下、その食物を積極的に食べさせることによって、食物アレルギーの原因食物を食べられるようにしてしまおう、という方法です。
従来の食物アレルギーへの対処の定石といえば、アレルゲンを同定し、その摂取を可能な限り避けるということでした。そのうちに何らかの自然治癒機転が働いて、食べられるものが増えていく、ということでしたから、発想の転換といえます。
もっとも、経口耐性誘導という考え方自体は昔からあり、成功例のケースレポートが散発的にありました。
2007年にドイツのStaden先生というかたが、食物アレルギーの患児45人を、SOTIと除去食療法とに無作為に割付けて治療成績を比較したところ、SOTIでは25人中16人に何らかの効果があった(うち9人は完全治癒)のに対し、除去食療法では20人中7人で有効であった(観察期間21ヶ月)、と報告しました(→こちら)。
この年(2007)から、神奈川県立子ども医療センターでSOTIが開始され、日本でも症例が蓄積されてきた、という経緯のようです。
ですから、これまでの食物アレルギーに対する除去食療法が間違っていた、ということでは必ずしもありません。
Staden先生の論文をよく読むと、除去食療法で有効であった7人に当たるのは、SOTIの「完全治癒」の9人に当たるようです・・・7/20=0.35 と9/25=0.36ですから、治療成績の差はありません。この点については、後日、別に解説したいと思います(→こちら)。
とにかく、少なくとも、SOTI無効例では、除去食療法を続けるしかないですから、SOTIというのは、除去食療法に置き換わるものではなく、オプションとして新たに加わってきたものと考えられます。将来的にはまずSOTIを試みて、無効の場合は除去食療法、というような位置付けになっていくのかなあと思います。
未だ食物アレルギーを発症していない時期に、卵などの食物制限をしてアレルギーの発症を抑えよう、という試みは間違っているといえますが、既に卵アレルギーを発症してしまった患児に、卵の除去食をする、という対処は、必ずしも間違っているとは言い切れません。21ヶ月という期間で比較した場合の治癒率には差はあまり無いようだからです。SOTIのメリットはあくまで「食べられるようになる」という点です(注:解りにくい話ですが、「食べられる」=治癒ではないです。これも後日改めて解説します)→こちら。
この点、混乱は必至なので、とくに食物アレルギーで、除去食療法に取り組んでいるお母さんたちのグループにおいては、心構えと勉強が必要でしょう。
アトピー性皮膚炎との関連で触れられている「“皮膚のバリア機能”の低下」に関しては、おそらく、名大皮膚科教授の秋山先生が2009年に報告した、日本人アトピー性皮膚炎患者の27%でフィラグリン遺伝子変異が存在する、というデータが引用されるのでしょう。
そして、「アトピー患者は、もともと遺伝的に皮膚バリア機能が弱い人が多い。そのため、食物アレルゲンについても、経皮感作を起こしやすく、湿疹を発症する。これを防ぐためには、食物制限をするのではなく、妊婦も乳児も、まんべんなくバランスの良い食事を心がけたほうがよい」、という結論となるのだと思います。
アトピー性皮膚炎におけるステロイド外用剤の位置付けに関しては、栗原先生自身が、小児科の先生にありがちなことではあるのですが(→こちら参照)、ステロイド依存に関しては、まったく無頓着のようですから、あまり触れられないか、「ステロイドは上手に使えば問題ありません」で済まされることになるのでしょう。こちら(→ここ)の栗原先生の講演の11分35秒くらいからおよび30分5秒くらいからを聞くと、栗原先生がどう考えているかがよくわかります。
私は、ここで、問題点(誤解されやすい点)を二つ指摘しておきたいと思います。
1) 特異的経口耐性誘導(SOTI)は、食物アレルギーの治療法である。アトピー性皮膚炎の治療法ではない。たしかに、SOTIの考え方を実践することで、アトピー性皮膚炎の合併症としての食物アレルギーの発症を予防・治療できる例はあるだろう。しかし、乳幼児期に食物アレルギーを診断された患児の多くは、アトピー性皮膚炎を伴っているいないに関わらず、これまでもほとんどが自然治癒してきた。だから、SOTIによって、食物アレルギーを積極的に取り除くことは、アトピー性皮膚炎の長期的予後に関しては、あまり改善しないと予想できる。
言いかえると、SOTIで食物感作を取り除くことは、成人アトピー(食物アレルギーの関与しているケースは元々少ない)の問題、すなわちアトピー性皮膚炎の難治化の問題の解決には結びつかないだろう。
2) フィラグリンの異常は、確かに皮膚バリア機能を低下させている一要因である。しかし、同時に、ステロイド外用剤や石けんもまた、大きな皮膚バリア破壊因子であることを忘れてはいないか?
(ステロイド外用剤は、抗炎症作用と表皮バリア破壊作用とを併せ持っています。長期連用の結果、抗炎症作用<表皮バリア破壊作用となった状態が「ステロイド依存」です。)
繰り返し、本ブログで引用・紹介しているように、ステロイド外用後は、感作物質に対する皮膚の反応(湿疹)が増強します。
(Grabbe,1995 →こちら)
そして、もし、今回のNHKの番組で「アトピー性皮膚炎は、遺伝的に皮膚バリア機能が弱いために、食物抗原などに経皮感作されやすく、湿疹を生じやすいということがお分かりになったと思います」で終わってしまって、ステロイド外用剤などの、後天的な皮膚バリア破壊要因に触れられなかったとしたら、脱ステロイドに関する社会の無理解の改善につながらない偏った内容だということ以上に、嫌なことがあります。それは、
アトピー性皮膚炎というのは、遺伝的な疾患である
というイメージが社会に広がってしまうという点です。 実際には、遺伝的素因がなく、ステロイド皮膚症など、後天的な皮膚バリア破壊要因のみで苦しんでいる人も少なからずいるにもかかわらず、です。このような誤解を招きかねない点は、脱ステロイドに関する理解以上に、結婚を控えた患者たちにとっては、重大事でしょう。
考えてみてください。フィラグリン遺伝子変異は、日本人患者の27%であり、またこの遺伝子変異を持つ人全てがアトピー性皮膚炎を発症するわけではないです。ですから、後天的要因による皮膚バリア破壊の関与が大きいと考えるのは、当然です。
NHKはここに注意して番組を放映しないと、誤った知識を社会に広めることによって、アトピー性皮膚炎患者の人権を侵害することになりかねません。「大げさな」と驚くかたもいるでしょうが、この類のことは、火の手が広がってからでは、いくら消そうとしても難しいです。患者たち一人ひとりが、小さくても声を上げて、誤った偏見に対抗していくしかないと思います。誰も助けてはくれません。
(NHKへの苦情はこちら→ここ、人権侵害に関する救済の申し立てはこちら→ここ)
はてさて、果たして、どんな内容の番組になるのでしょうか?
この番組に関連するブログ記事は、、
☆ 特異的経口耐性誘導(SOTI)の効果に関する大きな疑問(→こちら)
☆ 茶のしずく石鹸事件が意味するもの(→こちら)