表皮のステロイド合成の鍵は、11β-HSD1/2のバランスではなく、もっと上流(cyp11A1)にあるのかもしれない
表皮細胞がステロイドホルモンを合成していること、活性(cortisol)と非活性(cortisone)のバランスは11β-HSD1と2の二つでなされていること、などを以前に解説しました(→こちら)。
これらを基に、「ステロイド依存の患者では、11β-HSD1/2の比が低下していて(11β-HSD1<2)、表皮が自分で自身の分化のためのステロイドを供給できない状況に陥っているのではないか?」という仮説を立てました(→こちらやこちら)。
しかし・・実際にステロイド依存の状況にあると考えられる患者において、皮膚を採取して免疫染色をしてみると、あまりはっきりと11β-HSD1<2という所見は出てこないのです・・。n=3なので、確定とは言えないのですが。
それでよく考え直してみました。
ステロイドホルモンの合成経路というのは、下図のようになっています。
いちばん上のコレステロールから始まって(これを原材料として)、最初にCYP11A1(赤で囲ったところ)という酵素が作用してPREGNENOLONEになります。ついでCYP17、3βHSD、CPY21、CPY11B1によって修飾され、CORTISOLになります。この出来上がったcortisolとcortisoneとが、11β-HSD1/2によって調節されているということです(青で囲ったところ)。
どうも、ステロイド外用剤の長期連用でおかしくなった表皮細胞と言うのは、11β-HSD1/2のバランスではなく、生合成にかかわる酵素群の発現に異常をきたしているのではないか(抑制されているのではないか)、という気がしてきました。
根拠というか、そう考えてもよいのではないかという状況証拠みたいなものは2つあります。一つは、最上流の酵素であるCYP11A1が、ACTHの制御をうけるという点、もう一つは、コールタールやビタミンDの外用がアトピーに効いたり 、ステロイドの副作用防止に役立つ(→こちらやこちら)という事実を説明できるかもしれないという点にあります。
コールタールというのは、様々な芳香族化合物を含みますが、ベンゾピレン(benzo[a]pyrene)も1-3%含みます。ベンゾピレンについて調べてみると、これはCYP11A1によって代謝されるようなのです。
ビタミンDについてですが、以前カルシトリオール(ボンアルファの主成分)がステロイドの副作用を防止するという論文を紹介しました。
(カルシトリオールの構造式)
このカルシトリオールに良く似た構造のVitaminD2もまた、CPY11A1で代謝されるようなのです。
(An alternative pathway of vitamin D2 metabolism Cytochrome P450scc (CYP11A1)-mediated conversion to 20-hydroxyvitamin D2 and 17,20-dihydroxyvitamin D2. FEBS J. Jul 2006; 273(13): 2891–2901.)
ということは、コールタール(含ベンゾピレン)にしろ、ビタミンDにしろ、抗炎症効果がある、あるいはステロイドの副作用を防止する、というメカニズムは、CPY11A1の酵素誘導を介している可能性があります。
これまた、仮説の域ですので、まだこれから研究というか、まずは自分の皮膚を使って何らかのデータを集めなければならないわけですが、「ステロイド依存というのは、表皮細胞がステロイド合成にかかわる酵素一式を備え持つことが関係しているのではないか?」という話題が、仲間の医師らとの意見交換のメーリングリストで出ましたので、それについての現時点での私の考えをここにまとめてみました。既にCPY11A1ほか、ステロイド合成経路の酵素に対する抗体を購入して、反応条件を確認中です。なんらかの結果がでましたら、またここに記そうと思っています。
もし、この考え方が正しければ、ステロイド依存に陥った皮膚の治療(表皮細胞が再び自分でステロイドを産生できるようにすること)には、コールタール(ベンゾピレン)やビタミンDのような、CPY11A1で代謝されて酵素誘導を起こす可能性のある、芳香族化合物を外用すると良いということになります。これは新しいコンセプトの創薬につながるでしょう。・・思い出されるのは藤永製薬のグリメサゾンです(→こちら)。温故知新というか、「古きを温めて新しきを知る」ならぬ、「新しきを温めて古きを知る」ですかねー。
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