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1983年のプロアクティブ療法



 プロアクティブ療法については、以前から何度も記事にしています(→こちらこちら)。
 要は週2回の間歇投与法で、「プロアクティブ」という言葉で紹介されたのは2008年なので(→こちら)、最新の考え方のように誤解されがちですが、実際にはもっと古くからよく似た研究がなされていました。
 今回紹介する論文は1983年のもので、手湿疹について、最近でいう「プロアクティブ療法」すなわち週2回外用療法を試みたものです。
 
Intermittent maintenance therapy in chronic hand eczema with clobetasol propionate and flupredniden acetate.
Möller H, Svartholm H, Dahl G. Curr Med Res Opin. 1983;8(9):640-4.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/6365465
 
 
 昔の論文なので、研究方法が文章のみで記述されていて、少々解りにくいです。図解します。
  
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 まず、患者ですが、過去にステロイド外用治療の経験はあるが、直近2週間はステロイドを使用していない手湿疹の患者61人です。これらの患者に、デルモベート(Strongestのステロイド外用剤)を一日2回外用させ、1週、2週、3週と追っていき、「すべての湿疹が消失、あるいはわずかな紅斑・乾燥が残る程度」まで、抑えこめた患者について次に進みます。この段階で6人(10%)がドロップアウトしています。すなわち、3週間デルモベートを塗り続けてもコントロール不能であったわけです。
  
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 次に、週2回外用療法に入ります。外用は、デルモベートとコルチコデルム(中くらいの強さのステロイド)とを、患者にも医師にも判らないようにラベルの無い容器を用いた左右塗り分けで行われました(二重盲験法)。55人の患者について55~193日(平均138日)観察されており、その間に再発が無かったのは、デルモベートが32手(70%)、コルチコデルムが14手(30%)でした。デルモベートを外用した手の30%、コルチコデルムを外用した手の70%が、この期間に再発したということです。
 
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 再発した患者(手)には、同じクリーム(この時点ではデルモベートかコルチコデルムかは解らない)を一日2回、最長7日間外用します。それで良くなれば、再び経過観察へ、良くならなければ、反対側に使っていたクリームを一日2回最長7日間外用します。それで良くならない場合は、コントロール不良と判定します。
  
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 観察期間内に、2回以上の再発があった場合、2回目以降は、患者の判断で、右左に塗り分けていたクリームのうち「よく効く方」で対処します。この場合も、一日2回最長7日外用でよくならなければ。コントロール不良です。
  
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 結果、週2回外用の期間中の脱落すなわちコントロール不良群は9人(15%)で、最終的にこの方法でコントロールできたのは61人中46人(75%)でした。
 
 46人中副作用は6人で認められ、内訳はデルモベート4手(灼熱感2、皮膚萎縮1、脆弱化1)コルチコデルム3手(灼熱感2、脆弱化1)でした(6人中1人は両方の手で副作用を認めたので
手の合計は7)。
 
 さて、研究は以上のような内容ですが、特筆すべきは、考察部分です。全訳します。
 
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Discussion
One possible reason for the lack of effect of continuous administration of topical corticosteroids is tachyphylaxis.  This phenomenon, a decreasing effect with repeated administration, has been demonstrated in man as well as in the mouse, using different parameters such as vasoconstriction. clinical effect, and inhibition of epidermal DNA syntheis.  It is noteworthy that mild as well as strong corticosteroids may induce tachyphylaxis.
 (ドロップアウトの原因の一つにタキフィラキシーが考えられる。タキフィラキシーとは、繰り返し投薬することによって、効果が減弱することで、ステロイド外用剤におけるタキフィラキシーはマウスでも人でも、血管収縮や臨床効果やDNA合成阻害をパラメーターとして確認されている。ステロイドの強弱に関わらず生じる現象であることに留意しなければならない。)
The present schedule for maintenance therapy of chronic hand eczema was designed to avoid the induction of tachyphylaxis by using intermittent administration of corticosteroids. Of course, there is no evidence that this purpose was achieved.
 (今回の間歇投与法を考えた理由はタキフィラキシーの発現を避けることであった。もちろん、その目的が達せられたかどうか明らかではないが。)
The results showed that the dermatitis was kept in remission for a considerable period with both preparations, even better than with the more or less continuous treatment before the initial phase.
 (今回の結果は、強いステロイドでも弱いステロイドでも(間歇投与で)かなりの期間皮膚炎が抑えられるということを示しており、従来の連続投与よりも良い方法だ。)
 
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 1983年のプロアクティブ療法すなわち週2回外用療法の研究の主目的は、タキフィラキシーを防止する方法を考案することにあっようです。
 
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(続き) 
It is not surprising that the highly potent clobetasol (a) induced the longest remission periods, (b) was more often the drug preferred when patients had to switch to the other cream, and (c) was considered the superior corticosteroid in more instances by the dermatologists. The long remission periods are quite comparable with those obtained with the same corticosteroid in psoriasis, also using intermittent administration.
 (デルモベートが(a)より長く寛解させ、(b)再燃時に”the best cream”として患者に選択され、(c)皮膚科医に「より優れている」と評価されたのは驚くべきことではない。乾癬でも同じような結果が出ている。)
It might be expected that the greater and more long-lasting efficacy of clobetasol should also imply a greater frequency of  side-effects. This was not the case. Side-effects were few with both preparations and all were negligible.
 (デルモベートの効果がもっとも強く長続きするということは副作用の頻度も高くなるように思われるが、実はそうではない。副作用はデルモベートでもコルチコデルムでも同じように少なく無視できるものであった。)
Clobetasol propionate is classified as a very strong corticosteroid, mainly because of its high potency in the vasoconstriction test using alcoholic vehicles. When comparing the proprietary creams and ointments, however, its effect is of a similar order as that of fluocinolone acetonide and betamethasone alerrate. This fact, and of course the intermittent administration, should explain the absence of serious side-effects.
 (デルモベートはアルコール基剤での血管収縮試験の結果から最強のステロイドに位置付けられている。しかしフルオシノニドやベタメサゾンと同程度の効果だ。この事実と、それからもちろん間歇投与という方法が、副作用が少ない理由だろう。)
Another potent corticosteroid, halcinonide, was subject to a study on the application frequency. In psoriasis, a schedule of 3-times daily was clearly superior to once-daily administration; in atopic dermatitis, however, the difference between the two schedules was very small. In another study on the effect of clobetasol propionate in psoriasis the result was not worse when it was given on 3 consecutive days per week instead of daily, in spite of a 43% reduction in the total amount administered. Similar results were obtained with fluocortolone in psoriasis and eczema. Evidently, a re-evaluation of traditional treatment schedules for topical corticosteroids is now warranted.
 (別の強いステロイドであるハルシノニドによる投与回数の研究がある。乾癬では一日3回外用は一日1回外用より明らかに優れていたが、アトピー性皮膚炎では差がなかった。
 別の研究では、乾癬において、週3回外用(4日休薬)法は、連日外用法よりも43%減薬できたにも関わらず、効果は劣るものではなかった。
 同じ結果が乾癬やアトピーのフルオコルトロン外用でも報告されている。これまでの伝統的な外用スケジュールを見直すべきなのは明らかだ。)
Finally, another favourable result emerged from the present study. By continuous treatment for an average of 11 days it was possible to heal 90% of the patients with long-standing hand eczema. In most cases, previous treatment with corticosteroids of lower potency had failed. Since acanthosis is a regular element of chronic eczema the effect of clobetasol may be explained at least partly by its antimitotic action leading to rapid inhibition of psoriatic acanthosis. Dermatologists and laymen alike have warned against the dangers of applying ever more potent corticosteroids to human skin to combat cutaneous inflammation. We agree that continuous administration of  strong preparations should generally not be advocated. We believe, however, that the development of a drug with maximal efficiency is medical progress. It is then the obligation of  the professionals to indicate the optimal means of using this powerful instrument.
 (最後にもう一点、本研究から明らかになったことがある。平均11日間の(最強ステロイドの)デルモベートの連日外用で、長く患っていた手湿疹患者の90%を治癒できるという事実だ。従来の弱いステロイド外用ではこうはいかなかった。なぜなら、表皮の肥厚は慢性湿疹に常に伴っており、デルモベートは表皮細胞の分裂増殖を強く阻害することによる改善効果が考えられるからだ。皮膚科医も非専門家も、皮膚の炎症を抑えるために、より強いステロイドを外用することの危険性を考えてきた。
 我々は、強力なステロイドの連続投与は避けるべきだと言う点は同意だ。しかし、非常に強いステロイド外用剤は、医学の進歩の賜物であり、この強力な武器を活用することは、我々専門家の責務でもある。)
 
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 この著者は、週二回外用療法を、タキフィラキシー予防の観点から考案しました。そして、最強のステロイドであるデルモベートと、中程度のステロイドであるコルチコデルムとで比較してみたところ、デルモベートのほうがコントロール率が高かった。そして、副作用は予想に反してほぼ同じであった。ということは、週二回外用療法で用いるステロイドは、強ければ強いほど良い、と考察しています。なぜなら、それによって外用回数が減らせるからです。
 
 この著者(スウェーデンのメーラー先生)は、ステロイド外用剤連用に伴うタキフィラキシー(効果減弱)という現象を認めながら、しかし、あるいはだからこそ、短期で効果的な結果を出すために、なるべく強力なステロイドを用いるのが望ましい、という意見です。
 逆説的ですが、一つの正しい考え方だと私は感じます。タキフィラキシー(またはステロイド依存)を予防するために、ステロイドを全くあるいはなるべく使うべきでないという方向性もあれば、メーラー先生のように、強いステロイドを活用してなるべく外用回数を減らすのが良いという意見もありでしょう。
 
 タキフィラキシーやステロイド依存の問題にまったく触れずに、ステロイド外用剤の安全性ばかりを説く昨今の風潮はおよそどうかしているとしか思えませんが、こういう手法の違いは、いろいろあっていいと私は考えます。
 
 ドロップアウトした15人の患者においては、間歇投与が有効でないということなので、別の治療法となります。このときにメーラー先生のようにタキフィラキシーを意識した皮膚科医であれば、当然、相当期間の休薬を選択肢の一つとして考え(=脱ステロイド)、ステロイド以外の代替療法を模索するでしょう。しかし、そうでない皮膚科医の場合には、さらなる連続投与をためらいません。ここが大きく違ってきます。 
 
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著者のHalvor Möller先生(1969)

 日本でも、1990年に、当時徳島大皮膚科教授であった武田克之先生が、似た試みを報告しています(グルココルチコステロイドの基礎と臨床 日皮会誌:100(13),1297-1310.1990
  
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 「止むなく長期連用されるGS(注:glucocorticosteroid)外用剤のアトピー性皮膚炎患者に対する漸減および間歇投与の有効性および安全性について検討する目的で、以下の実験系を組んだ。BDP(注:リンデロンDP)軟膏またはBV(注:リンデロンV)軟膏の連続単純塗擦によって皮疹が寛解状態にあるが、外用を中止すると短期間で皮疹が再燃すると考えられる症例を被験対象に選び、GSのvery strong群からBDP、strong群からBV、medium群からADP(注:アルメタ)を選び、23施設で漸減・間歇投与により維持療法を行った。すなわち、BDP軟膏またはBV軟膏を連続単純塗擦して皮疹が寛解状態に達したのち、1組はBDP軟膏の間歇(3投4休)または隔日(1投1休)、BV軟膏の間歇または隔日、ADP軟膏の間歇または隔日群、2組はBV軟膏の連続からADP軟膏の連続を経てADP軟膏の間歇から隔日群、3組はBV軟膏の間歇または隔日からADP軟膏の間歇または隔日群の3組に分けて外用した(Fig.6)。」
  
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 「「コントロール良好」例を「維持療法完了例、すなわち6~12週の間に、ADP間歇または隔日を2週間以上実施しえた症例であって、ADP間歇または隔日によって2週間以上皮疹再燃が抑えられた症例」と定義し、「コントロール良好例」を有効例とみなした場合の有効率を比較すると、3組>2組>1組の順であったが、各組とも間歇と隔日の有効率はほぼ同程度であった。」
 
 まとめますと、昔も今も、連日外用して寛解に導いて、そのあと週2回ほどの間歇療法で維持しようという試みは行われており、昔は連日外用によるタキフィラキシーなどの副作用を懸念してであったのですが、最近は、まったく外用しない患者(欧米では医療費が高いため、日本では忌避のため)への対策として啓蒙されている、ということです。
 昔は、連日投与法との比較、最近は、不使用との比較として検討されている、と言い換えてもいいでしょう。
 しかし、プロトコールは、昔も今も実はほとんど同であり、またての患者でうまくいくという訳でもなく(うまく行けば好ましい話です。否定しているわけでは決してありません)、うまくいかないドロップアウト率は25~50%くらいと見積もられます。  

 問題は、プロアクティブ療法でうまくいかない患者にどう対処するか?です。これが最重要です。
 
 武田先生は、日本で初めてステロイド外用剤による全身のリバウンドと離脱後の寛解を報告した榎本先生(→こちら)が所属した医局の教授であり、ステロイド外用剤の長期連用に警鐘を鳴らす総説も多く書いていらっしゃいます。
 1981年の副腎皮質ホルモン外用薬の局所に及ぼす影響―とくに各種外用薬による皮膚萎縮を中心に 医学のあゆみ;116(7):643-649」では、「皮膚障害の治療と予防」として、「直ちにステロイド外用を中止して他の外用療法にきりかえるのがよい。中止3~7日後に反跳現象で急に症状が増強するが、薬理活性の弱いステロイド外用剤に移行して一時的な増悪なしに徐々に治療しようとの試みは失敗する。症例によっては止痒剤の全身投与、激症の外来患者では短期間に限りステロイド内服漸減療法という考え方もあるが、患者を入院させうればその必要もない。」と記しています。以前紹介した須貝先生(→こちら)と同じく、ステロイド依存の離脱に関しても経験的なノウハウをお持ちであったことが窺われます。
 このころの皮膚科においては、ステロイド依存は、悩ましい問題ではありましたが、一つの病態として正視されていたのです。
 最近の若い日本の皮膚科医たちは、初期治療で寛解に導けない患者を「ステロイドの外用量が足らないためだ」と考えるように教育(洗脳)されているような気がします。
 武田先生も日本の皮膚科がこれほどおかしな歪んだ状況になってしまうとは、想像もできなかったのではないでしょうか。

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 武田克之先生



moto_tclinic at 10:57│Comments(0)TrackBack(0)