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ニューステーションの番組に出てきた皮疹の解説


 久米宏のニュースステーションのステロイド特集(→こちら)には、アトピー患者の動画や写真がいくつも出てきます。その中には、古典的アトピーのケースで依存例ではないものも、典型的な依存例(Red Skin Syndrome)もあります。
 
 見る人が、混乱するといけないので、解説しておこうと考えました。
 
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 まず、これは、通常の(古典的な)乳幼児のアトピー性皮膚炎でいいです。乳幼児でもステロイド外用剤依存に陥ってしまっているケースは、まったく無いわけではないですが珍しいです。
 
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 これも、たぶん古典的アトピーですが、少し微妙です。意外とこういう小さな湿疹病変に見えて、中止するとリバウンドで広範囲にじくじく腫れ上がる、というケースも有り得ます。「止めてみないと解らない」タイプです。もし、ステロイドを使っているなら、ですが。相当な期間、使っていないのなら、古典的アトピーです。

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 この方は、微妙です。成人の顔面のびまん性(全体ということ)の紅班は、ステロイド依存でも、古典的アトピー性皮膚炎(あるいは離脱後長期間経たあと)
の皮疹でも有り得ます。依存かどうか?の判定は、その時点での、それまでのステロイド外用剤使用歴、あるいは、ステロイド離脱からの経過を聴取することで、判定します。皮疹だけでは難しいです。
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 これは、肘に限局していますから、古典的アトピー性皮膚炎の像です。依存には陥っていません。


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 これは難しいところですが、タイプ3の「地図上拡散型」(→こちら)の離脱かなあ?肩や胸に一部正常皮膚らしいところが残っているように見えます。
 
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 これは、離脱後、長期間(数ヶ月)を経て、浸出液が少し治まってきたころの皮疹に見えます。慢性に肥厚した皮膚と、網目状の活発な紅斑とが、両方あります。 
 「離脱後、まだ過敏性が治まっていない状態」が、こんな感じです。

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 これは、浮腫(むくみ)や浸出液もありそうだし、離脱後まだ急性期の皮疹でしょう。依存に陥っていない患者でも、この程度に腫れ上がることはありますが、「全身」には至らないです。拡がるように消えていく点は同じですが、依存に陥っていない場合は、ある程度の面積に拡大したあと、色も茶褐色に褪せて、しおれたような感じで消えていきます。古典的アトピーは、赤みや浸出液を伴ったまま「全身」にまでは拡大しないです。
 
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 これは、一つ前の大腿部の写真のパターンと似ていますが、足の甲のあたりで境界を作って肥厚した慢性の湿疹局面を作っているなら、依存→離脱の終わりごろと言っていいです。「終わりごろ」と言っても結構長く(数年)は続きますが。離脱には、「流れ」のようなものがあって、リバウンドは、顔や首、体の中心部から始まって、手足に広がり、手足の甲のあたりで止まって、そのあたりで、慢性の局面をつくって、長期間留まります。 

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 これもそうですね。おなかよりも手、それも甲のあたりに強いです。古典的アトピーであれば、肘に強いし、接触皮膚炎(手湿疹・主婦湿疹)なら、甲ではなく、指先の手のひら側に強いです。
 
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 上二つは、カポジかなんかの感染症でしょう。ステロイドを使う・使わないに関わらず、アトピーの患者は表在性感染症にかかりやすいです。右下の足は、離脱の終わり頃の苔癬化局面ですね。分布から考えて、古典的アトピーではなく、依存とそれに引き続くリバウンドが絡んだ皮疹です。
 左下は、離脱後の急性期の、全身が赤く腫れ上がった様子でしょう。Dr.Rapaprtの言う「Red Skin Syndrome」で、依存の皮疹です。
 
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 これは、写真と経過から考えて、「酒さ様皮膚炎」を起こしていたと考えるべきです。顔の皮疹が、「副作用が出ていた」時期に非常に強く、その前および、ステロイド離脱後にはすっかり治まっているからです。

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もっとも、このカルテの記載を見ますと、顔だけでなく、肘や首、手足にも皮疹があったようですから、アトピー性皮膚炎そのものは基礎としてあったのでしょう。また、白内障については、以前記しましたが(→こちら)、ステロイド使用の有無とはまったく関係なく、アトピー性皮膚炎の合併症として生じます。この頃(1992年)は、今ではよく知られたそういう知識がまだ一般的ではありませんでした。

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これはもう、典型的・確定的なステロイド外用剤依存、リバウンド、あるいはレッドスキンシンドロームです。足の甲から足の裏への移行部にきわめて明瞭な境界を作ります。ITSAN(→こちら)のロゴマークの題材になっているものですね。 
 
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  以上、番組に出てくる皮疹について、私の見解を記しました。画質の問題もあるし、私の見立てが間違うこともありますが、この番組に出てきたアトピー性皮膚炎の画像には、依存に陥っていない古典的アトピー性皮膚炎のものもあれば、典型的・確定的なステロイド外用剤依存のものもある、ということが、まずご理解いただけたかと思います。
 
 1992年時点では、医師の間でも「最近、昔とは異なる、変わったアトピー性皮膚炎の患者が増えてきたようだ」との認識程度でした。ですから、報道番組として、依存と非依存の患者の画像が混ぜこぜになっているのは、仕方がないことだと思います。  
 
 私も、今でこそ、訳知り顔で、上記のように解説できますが、1992年当時は、まだ、ステロイド依存の問題に気が付いてなかったですからね。医者になって8年目、皮膚科に転向して6年目でした。外来では、アトピー性皮膚炎患者には、「顔には弱めの、体には強めのステロイド」を、何の疑問も持たずに、処方を繰り返していました。そもそも、成人アトピー性皮膚炎の患者なんて、まだまだ珍しかったですね。
 
 最近の若い皮膚科の先生たちは、上記をすべて「アトピー性皮膚炎」と診断して何の疑いも持たないんでしょうね・・。1980年代には、こういう患者、ほとんど存在しなかったんですよ。「古典的アトピー性皮膚炎」の患者はいましたけどね。以前紹介した西岡先生のエッセイの通りです(→こちら)。
 もっとも、この患者の臨床像の変化を目の当たりにしてるのは、今、40歳台後半以上の皮膚科医ということになるからなあ・・。無理も無いか。
 
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 これは、1993年の朝日新聞「論壇」(関西方面のみ。名古屋では掲載されていません。)に、当時淀川キリスト教病院皮膚科部長であった玉置先生が、投稿された文章です。

―――――(ここから引用)―――――
脱ステロイドの道探れ 玉置昭治
 
 十年ほど前から、成人のアトピー性皮膚炎がふえている。特にここ三、四年急激に多くなっている。わたしの勤務する病院では。いまでは外来の一割を占めるようになった。皮膚科の治療はステロイド軟膏(こう)が中心で、その副作用が大きな問題になっている。そのためにステロイドの使用を嫌がる患者は、内科や小児科、漢方や民間療法へと移って行った。ステロイドの効果や副作用を熟知している皮膚科医が問題点を提起し、科学的に解決していく道を探る必要がある。
 成人のアトピー性皮膚炎の増加の原因は明らかではないが、悪化させる一因としてステロイドを安易に使うことが考えられる。そこで、思春期以降の患者さんにステロイドをやめる治療を試みたところ非常に効果があった。この試みは本人がやめたいという強い意志を持っており、家族も支援してくれる場合に限ったが、ステロイド万能主義に警鐘を鳴らす症例が得られたので報告したい。
 ステロイドを長い間使っている場合は毛細血管が拡がって赤ら顔やぶつぶつなどの副作用が出来たりする。アトピー性皮膚炎の場合は、ステロイドを使って副作用が出るときもあるが、皮膚科医が治療していると、うまくコントロールされていることが多い。ところがその患者が副作用の宣伝に驚いて勝手に使用をやめたり、回数を減らしたりして余計に悪くなることがある。これは特に医師と患者の意思疎通がよくない時に多い。
 加えてステロイドの効果が変わってきたことを指摘できる。長期連用のためか。以前の経験では効果が出るはずなのに効かない例がふえてきた。簡単なかぶれにステロイドを繰り返し塗ることで、典型的なアトピー性皮膚炎になってくることもある。このような患者さんには、ステロイド軟膏の効果が期待できないこともあり、ステロイドを使わないで治療した。
 九〇年七月から九二年六月までの間に、ステロイドを中止して入院するほど悪くなった患者は三十五人。そのうち九人は軽快、九人はほぼ軽快、九人は以前の時期よりは良くなった。一方、残念なことに四人がステロイドを再開し、まだ三人が復職できない。変わらない人が一人いる。白内障の進行した人が三人いた。
 ステロイドを中止して抑えられていた症状が一挙に噴き出すため悪くなるが、入浴して皮膚を清潔にしスキンケアを十分に行う。生活習慣を規則正しくする。場合によっては入院治療をする。入院した場合は約三週間程度で症状が落ち着く。生活環境を改善していい結果を生んでいる。退院後は、よくなったり悪くなったりを繰り返しながら。徐々に症状が安定してくる。大きな波がなくなり軽快を維持するには半年から一年はかかる。入院するほど悪くならないで治ってしまう人も、悪くなる人の二、三倍はいる。
 ステロイドをやめただけでよくなる人がおり、治ってしまった人もいる。しかし、どういう患者さんがやめれば良いかまだはっきり指摘できない。すべての成人のアトピー性皮膚炎がステロイドをやめるだけで良くなるとも断言できない。原因が多岐にわたっているからだろう。しかし、治療の難しいアトピー性皮膚炎といえばステロイドという、今までの皮膚科の治療方針を覆すほどの結果であろう。
 人間には治ろうとする自然治癒力が備わっている。ステロイドは強い消炎作用によりその力を抑えてしまう。それを取り除くことにより自然治癒力が復活するのだろうと思う。
ステロイドなしでやるには患者の努力と、強い意志がいる。家族の協力も必要だ。ステロイドを中断する場合でもインフォームド・コンセントが重要である。ステロイド万能主義を疑った方がいいのではないか。(淀川キリスト教病院皮膚科部長)
―――――(ここまで引用)―――――
 
 玉置先生のこの文章は、1992年にニュースステーションが放映された一年後であるという当時の時代背景をかんがみて読む必要があります。ニュースステーションの報道にしろ、玉置先生の論壇への投稿にしろ、当時、成人アトピーあるいは、それまでに無かった奇妙な皮膚症状を呈する「アトピー性皮膚炎」が増加してきていて、それには、ステロイド外用剤の長期連用が関係しているのではないか?という、懐疑・問題提起でした。決して金沢大の竹原医師がいうような「ステロイドバッシング」と形容されるべき内容ではありません。
 繰り返しますが、この頃、私自身は、何の疑問も持たずに、アトピー性皮膚炎の患者に、ステロイド外用剤の処方を繰り返していました。成人アトピーの患者が増加してきたという認識すらまだ抱いていませんでした。私は膠原病の全身管理や皮膚癌の手術に忙しかったです。そういう時代における、ニュースステーションの報道であり、玉置先生の投稿文です。
 「バッシング」という語は、むしろその後の、竹原医師や川島医師による、ニュースステーション報道や玉置医師への批判を形容するにふさわしい単語です。「脱ステロイドバッシング」ですね。
 1992年、1993年ころにあったのは、「問題提起」であり、その後「脱ステロイドバッシング」の時期が長く続き、現在に至っている、というのが、私の認識、というか、歴史的事実です。



moto_tclinic at 13:37│Comments(0)TrackBack(0)