クロフィブラートなどPPARリガンド(アゴニスト)の作用機序のまとめ生活環境の中の何かに反応していると考えられる症例

ケース13と14

 
ケース13

 40代女性、ステロイド外用期間20年、中止後10年。
 ステロイドを中止したのは、渡米して良くなったためであり、リバウンドは無かった。
 3年前に帰国し、その後湿疹が出るようになった。ステロイドは使わず、プロトピックを少々使っていたが、なかなか良くならないので、今年の7月からは中止。 
   

 

0 week →2 weeks2 weeks →4 weeks
種類基剤のみ クロフィブラート入り
外用量白色ワセリン50g+亜鉛華単軟膏・白色ワセリン混10g+エマルジョン100ml 白色ワセリン30g+亜鉛華単軟膏・白色ワセリン混15g+エマルジョン100ml

患者VAS:0 week : 90, 2 weeks : 80, 4 weeks : 80
診断 アトピー性皮膚炎(依存・リバウンドでは無い)
判定 白色ワセリン奏効、クロフィブラート奏効 

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写真上、顔面全体の細かい落屑を伴う紅斑は、徐々に改善し、4週後にはパッチ状に健常色も出てきているのですが、患者VASは悪いままです(90→80→80)。これはおそらく主観的な問題で、写真判定のほうが正しいと考えます。なので、「白色ワセリン奏効、クロフィブラート奏効」と判定しました。
 
 この方の経過で重要な点が二つあります。それは、
1) アメリカにいた間は湿疹はまったく出なかった。
2) 白色ワセリンがある程度効果があるようだ。
です。
 実は、ケース12の方も、帰国子女なのですが、10才頃までヨーロッパで過ごしており、この間まったく湿疹は出ておらず、日本に来てから発症しています。そして白色ワセリンは奏効しています。
 
 アメリカやヨーロッパなどの大陸と、日本のような島国とでは、気候が違います。大陸の気候というのは、熱容量が大きいですから、ダイナミックに変動しますが、細かくは動きません。それに比べて日本のような島国の気候(温湿度)は、変動が細かいです。たぶんこういうストレスに、この方々の皮膚は弱いのだと私は考えます。 
 
 ※資生堂リサーチセンター発の論文を紹介します(Abrupt Decreases in Environmental Humidity Induce Abnormalities in Permeability Barrier Homeostasis. Junko Sato eta al. J Invest Dermatol. 2002 Oct;119(4):900-4.)。
 
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ヌードマウスを2週間、相対湿度80%以上の環境で飼育(HUMID 2W)および、通常の環境(40~70%)で飼育(NORMAL)した後、相対湿度10%以下の乾燥した環境(DRY)に移したときにの、TEWL(経皮的水分損失)の推移です。高湿度→乾燥のマウスではTEWLが4日目まで非常に高くなっています。
 
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 上は、同時に表皮細胞のDNA合成の推移をみたものです。高湿度→乾燥のマウスでは、表皮細胞のDNA合成が遅れています。急な乾燥に対し、表皮は分裂増殖してラメラ顆粒を増産しバリア機能の強化に働きますが、それまで高湿度下に置かれていた皮膚は、この対応が遅れて、その結果TEWLが増加します。
 大陸のようなダイナミックだが急激な変化の少ない気象よりも、日本のような四季のある島国で寒暖・温湿度変化の激しい気象のほうが、表皮バリアの安定を損ないやすいことを示しています。
 都市型の生活で、冷暖房の影響が加わってくると、皮膚の負担(環境に適応する仕事)は、さらに大きくなるでしょう。
 昔から私は「アトピー性皮膚炎というのは、先進国の島国に多そうだ」という印象を抱いています。日本、イギリス、ニュージーランドなどです。スリランカに何度か行ったことがあるのですが
、島国ですが、アトピーは少ないようでした。熱帯で四季が無く、冷房は一般家庭には普及していないからだと思います。
 このタイプ(温湿度環境の変化に対応できずに表皮バリアが破壊されやすい)かどうかは、飛行機に乗った後、皮膚炎が悪化しやすいか?が手がかりになると思います。飛行機内は気圧・相対湿度とも非常に低く、表皮の負担が非常に強いからです。 
  
 皮膚からのTEWL(水分蒸発量、表皮バリア障害の指標)は、単純に考えると、湿度の低い乾燥した環境に長時間さらされたほうが、湿度の増減する環境よりも、ダメージが強いはずです。
 しかし、実際には皮膚は生きているので、恒常的に乾燥した環境においては、表皮細胞が増殖したりラメラ構造を増産したりして適応します。 
 環境の湿度が増減(温度の増減も、絶対湿度が同じであれば相対湿度が増減するので同じこと)すると、その度に皮膚の適応にタイムラグがあるため、一過性のTEWLの上昇が繰り返され、長期的な累積効果として、表皮バリア障害の程度は高くなるといえそうです。
 
 資生堂の論文は、このことを裏付けるものと言えます。昔から私が感じてきたことを上手に説明できる、私にとっては目から鱗的な、画期的なデータです。 
  
 わかりやすく一言でまとめると、「ワセリンなど保湿剤を使う目的は、乾燥への対策ではなく、温湿度の増減への対策だ」ということですね。
 
 白色ワセリンというのは、外用すると熱がこもったようになって痒みが一時的に増すことが多く、べたつきも不快で使用感が良いものではありませんが、外用後一定時間経過後の保湿機能(外界の乾燥に対して、皮膚の表面湿度を一定に維持する機能)は、一番優れているはずです。ですから、このタイプの方々は、白色ワセリンのような保湿剤を積極的に使用したほうが良いでしょう。
 
 ステロイド依存・リバウンドの場合に、皮膚の保湿機能を早く回復させる目的で試みられる「脱保湿」は、こういう方には逆効果となります。
 
 さて、この方は、10月末に、どうしても欠かせない用事があるとのことで、4週間の治験終了後、ステロイド外用剤でいったん皮疹を退かせたいと希望されました。それで、ロコイド軟膏とフルメタ軟膏を5本づつ差し上げました。1FTUの原則に従って外用すれば、たぶん数日で良くなるはずです。  
  
 そのあとはワセリンで維持してもいいですが(悪化の主原因が保湿の問題であれば、ワセリンの積極使用だけで維持可能かもしれません)、若干でも皮疹が出るようであれば、クロフィブラート軟膏(この方の場合は、なるべくエマルジョンではなく、ワセリン基剤のものが望ましいはずです)の、一年間の長期試用を勧めてみます。 
 もっとも、この方は、20年間のステロイド外用後、依存・リバウンドを来たしていません。ですから「ときどき皮膚炎が悪化したらステロイドで抑える」 の、ステロイドのリアクティブ療法でも、この先も依存に陥ることなく済んでしまう可能性も大です。しかし、私としては、出来れば是非、クロフィブラート軟膏の、このタイプでの有効性を確認させていただきたいです。
 
 海外で生活した経験は無さそうですが、ケース9の女性も、白色ワセリンで楽になるようなので、似た肌質タイプなのかもしれません。
 
ケース14
 40代男性、ステロイド外用期間25年、中止後4年
 この方は、ステロイド外用歴は長いですが、中止後はっきりとしたリバウンドは無かったそうです。「大学合格後少し落ち着く」「職場でのストレスの度合いに相関して湿疹が出る」など、精神的ストレスの影響を受けやすいようです。
   

 0 week →2 weeks2 weeks →4 weeks
種類白色ワセリンクロフィブラート軟膏
外用量70g130g


患者VAS:0 week : 30, 2 weeks : 30, 4 weeks : 30
診断 依存・リバウンドの可能性あり
判定 白色ワセリン無効、クロフィブラート無効
 
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この方は、白色ワセリン・クロフィブラート軟膏外用で、ほとんど皮疹の変化が見られず、その点は、ケース10に似ています。ただし、この方の場合は、十分量の軟膏を外用されたようです。
 診断ですが、問診上は、4年前のステロイド離脱のあと、はっきりとしたリバウンドは無かったとのことですが、視診上は、依存・リバウンドが疑われます。肘・膝を中心とした古典的なアトピー性皮膚炎像ではありませんし、手首ではっきりと境界を作って終わる特徴的な痕跡もみられます。
 
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 印象としては、ちょうどケース7、8から、ケース10の状態に至る中間のような感じです。
 ケース7,8ではクロフィブラートが良く効いており、ケース10では効きが悪かったことを考えると、このようなステロイド皮膚症のパターンでは、最初効きが良いが、ある一定の段階まで来ると、反応しなくなるということなのかもしれません。クロフィブラートに対して抵抗性を生じる、ということではなくて、表皮細胞性の炎症、すなわち表皮からTSLPが産生されるために生じる炎症が治まってくるとクロフィブラートの効きが悪くなる、ということかなあ?と考えます。ここは、もう少し症例の蓄積が無いと、よく解りません。 
  
 判定としては「白色ワセリン無効、クロフィブラート無効」ですが、ちょっと気になるパターンなので、もう2週間クロフィブラート外用を続けてもらうことにしました。ひょっとしたら、4週間外用で、何らかの改善がみられるかもしれないし、もし反応が悪ければ、この方の場合、引き続きAVANDIA(PPARγリガンド)軟膏の試用して効果が出ないか確認をお願いしてみようと考えています。クロフィブラートはPPARαリガンドで表皮細胞に作用しますが、PPARγはランゲルハンス細胞に作用するだろうから、表皮細胞性の炎症が治まった後でも、有効かもしれません。 
  
 以上、ケース13、14を加えた week 0 → week 2 の二重盲験部分の結果をまとめると

 

白色ワセリンクロフィブラート軟膏
有効 3 5
無効 5 1

 になります。 
 



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