クロフィブラート軟膏のパイロットスタディ・ケース3
30才台男性、ステロイド外用歴25年、中止後2年。 【診断】ステロイド依存・リバウンド。 【使用した軟膏】 0 week →2 weeks 白色ワセリン 45g、2 weeks →4 weeks クロフィブラート入り軟膏120g 【VAS判定】患者側 0 week : 50、 2 week : 55、 4 week : 65 、医師側 0 week : 46、 2 week : 50、 4 week : 50 【総合判定】 不変(クロフィブラート無効) |
経過写真を示します。3度目の受診は都合で少し遅れて5週目です。
Week 0 からWeek2 までは、白色ワセリンの外用で、Week 2 から Week 5 まではクロフィブラート入りでした。
本人のVAS評価は、0 week : 50、 2 week : 55、 4 week : 65と、ゆっくりとした悪化です。Week 0 からWeek2 までの、白色ワセリンの外用の時期に既に悪化を感じていて、その後、Week 2 から Week 5 のクロフィブラート軟膏外用によってもその流れが変化していないですから、クロフィブラートが効いている感じはありません。
この方は、経歴からステロイド依存・リバウンドが疑われますが、皮疹もこれに合致します。以下解説します。
皮疹の流れは、Week 0 → Week2 → Week 5 は一連のもので、「最初丘疹・紅斑様に出て、ゆっくりと広がりつつ消える」というものです。
下図に囲った赤四角と青四角のエリアを見ていただくと判りやすいかと思います。
赤四角で囲った部分は、はじめ丘疹紅斑状の皮疹が出ていたものが、Week 5 では消えてきています。一方で、青四角を見るとわかるように、湿疹を生じていなかった部分の面積は徐々に狭められています。湿疹は面積的に拡大しています。
これは、離脱時の皮疹の分類(→こちら)に当てはめると、タイプ2の紅斑融合型(→こちら)
です。離脱後、皮膚が過敏な時期に、外的なアレルゲンなどの刺激に反応して生じる、広い意味での依存・リバウンドに特有な皮疹型です。おそらくこの後の経過は、いったんは全身が皮膚炎で覆われたあと、ゆっくりと冷めるように全体的に消退していくことでしょう。
たまたま治験はその流れの中で行われました。クロフィブラート軟膏にはどうもこの流れを抑える力はないようです。
基剤の白色ワセリンが彼のこの時期の皮膚に合わなかったという可能性もあります。なので、他の方々と同様、2週間の休薬を挟んで「リバウンド」の有無を確認したあと、彼の場合には、白色ワセリンの影響を確認するため、クロフィブラートを精製水に混ぜた水中油エマルジョンを試してもらおうと考えています。
ところで、彼の場合には、体のところどころに依存・リバウンドに特徴的な皮疹がみられます。下写真の手の平の皮疹もそうで、これが出ているということは、2年前の中止直後は、かなり大変であったのではないかと察します。
通常、リバウンドの皮疹というのは、全身に拡大しますが、手の甲・足の甲で終わって、手の平・足の裏には至りません。明らかな境界を作って止まります。
しかし、リバウンドの勢いが強いと、手の平や足の裏のシワを中心として皮疹が出ることがあります。手の甲・足の甲が治まっても、手の平や足の裏に勢い余って出たこの皮疹は治まりにくく、じくじくと浸出液が長く続きます。
この皮疹は、本来のアトピー性皮膚炎としては、説明のつかないもので、依存・リバウンドに特有なものです。
さて、この方から、「今後、仮にステロイドを再使用するとしたら、どういった風に使っていけばよいでしょう?」と聞かれました。そりゃあそうでしょう。離脱して2年も経てば心は折れ始めます。勇気を出して期待してトライしてみたクロフィブラートも無効なようだ、やはりステロイドを使うしかないのだろうか?無理もないです。
この方に一番向いているのは、ステロイドの外用は断ったまま、ステロイドの全身投与(注射または内服)によるリバウンドのコントロールだと、私は考えます。逆説的な考え方ですが、決して私の独りよがりな方法ではありません(根拠は→こちら)。
次に、「引き続き、脱ステロイドを続ける」があります。肉体的精神的にも大変ですし、30才台ですから、人生の大きな部分を犠牲にするでしょう。社会的経済的問題がクリアされるなら、この選択肢が一番いいのは間違いないですが。
三番目に、ステロイド外用を再開する、という選択肢があります。まったく効かないことはありませんが、効きにくい、と思います。まだ、依存・リバウンドの最中にあるからです。仮に抑えたとしても、その後がいつまで続くか。また効かなくなって、離脱せざるを得なくなる可能性も大です。少なくとも、私が昔診ていたこの皮疹タイプの患者は、ステロイド外用を再開しても、結局また脱ステせざるを得なくなることが多かったです。
以上が、私の考える、上策・中策・下策、です。
選択は彼次第ですが、私の考える上策の「ステロイドの外用は断ったまま、ステロイドの全身投与(注射または内服)によってリバウンドをコントロールする」は、なかなか引き受けてくれるお医者さんいないですから、探すのも大変だとは思います。
裏技みたいなテクニックですから、表立ってHPなどにも記してないだろうし、相手にされないのを覚悟で、何軒も回って探すしかないと思います(このブログ記事をプリントして持っていくといいかもしれません)。
希望のある話もないわけではなくて、手の平の皮疹を見ると、Week 0 → Week2 に比べて、Week2 → Week 5は、面積は拡大していますが、赤みが減っています。
ここについては、ひょっとしたら、クロフィブラートが効いているのかもしれません。
面積が広がるのは「広がりつつ治まる」の法則だから、あまり病勢とは関係ありません。パソコンで言うと圧縮ファイルが展開していくようなもので、単なる過程です。
しかし、色調の変化は若干ですが、炎症の低下を思わせます。この部は基剤として、亜鉛華単軟膏と白色ワセリンの等量混合を用いていましたから、白色ワセリンの影響が出にくいはずです。白色ワセリンが合わないために、クロフィブラートの効果が覆い隠されてしまっていたとすれば、エマルジョンによるクロフィブラートの外用で他の部も治まるかもしれません。
また、この方の悩みに、目の合併症の問題がありました。1)白内障で片目の視力がほとんど無い、という点と、2)角結膜炎でときどきステロイドの点眼をしないと他方の眼も見にくい、というものです。
眼科合併症については以前にまとめました(→こちら)。補足すると、1)白内障は視力が出ないのであれば、早く手術して眼内レンズに入れ替えたほうがいいです。なぜかというと、レンズが濁っていると、眼底が見えないので、裂孔など、網膜剥離の早期病変を見落とす可能性があるからです。白内障はレンズの入れ替えで視力は回復しますが、網膜剥離を見逃すとまずいです。2)ステロイドの点眼は、それで皮膚が良くなるように感じることもあるかもしれませんが、少なくとも依存やリバウンド・離脱に大きく影響を与えるものではないので、眼科の先生の指示に従ってください。眼科の先生にとって、ステロイド点眼による緑内障発作は、非常に怖いものなので、頻回に眼圧測定し、早めに中止指導してくれるはずです。このあたりは、皮膚科医と異なり、眼科専門医の先生であれば共通意見のはずです。ステロイド点眼を拒否すると怒り出す眼科の先生を私は知りません。
角結膜炎の原因ですが、普通アレルギー性結膜炎は、角膜には及ばず、視力変化は起きません。「視力が落ちてステロイド点眼が効く」ということは、瞼の裏側、眼瞼結膜の側に炎症があって荒れていて、それが角膜に傷をつけているのだと考えられます。
さて、この後、例によって私はいつもの「コメント欄への返信はしません」というメッセージを入れるわけですが、それでも時どき、相談メールがあります。これだけ多種多彩なアトピーの患者に、メールでの返信によるアドバイスなど出来る訳が無いし、するべきではないです。
例えば「脱ステで頑張っています。苦しいです」といったコメントを頂いたとして、それに対して私が「頑張ってください」と返信して、その人が「勘違い脱ステロイド」というか、依存ではなくただ無意味に忌避を続けている方だとしたら、私は誤ったメッセージを送ったことになる。それはしてはならない。
治験に参加されている患者については、背景も皮疹も判るので、こうしてアドバイスが出来ます。そこから、アトピー性皮膚炎といっても十人十色なのだということを読み取っていただけたら幸いです。
追記)
コメント欄に、ご本人からのメールが届きました。
この夏で2年を経た脱ステロイド生活ですが、現在の状態だとやはりまだ社会生活がきついと感じています。
でもお話をしたように、もう少し、ゆっくりと時間をかけてみたいと思います。
脱ステロイドを始める前は2年が区切りと考えていたのでそれを延期する決意が必要になります。
これ以上の脱ステロイドは精神的な意味あいの強い、ステロイド忌避にあたるのではないか、とも考えていました。
もちろんその可能性もないわけではないと思います。しかし先生のお話を聞き、考えました。
夏は悪化の時期ということで間違いないようです。3年目の夏がどのような形で落ち着くか、それをゆっくり観察する決意を固めました。
もう一年、脱ステでいく策を選んだようです。2週間後からのクロフィブラートエマルジョンが、少しは効いてくれるといいんですけどね・・。