クロフィブラート軟膏のパイロットスタディ・補足2クロフィブラート軟膏のパイロットスタディについて・補足3

消毒療法(イソジン液と強酸性水)のエビデンス

 クロフィブラート軟膏のパイロットスタディは、応募5人のままで、その後申込みがありません。
 このブログは、月間53,000アクセス、1日平均1,700アクセスです。一ヶ月以上記事を書かなくても、だいたい1,000アクセス/日が続いて、新しい記事をUPすると翌日は2,000を越える、という感じです。患者の皆さんの目にも多く触れていると思うのですが・・。
 このクロフィブラート軟膏、私としては、仮に有効であったとしても、必要な症例数が達成した以降は、新たな患者に処方する予定はありません。参加くださったかたに対しては、希望があれば、長期試用のために配布(一度診察を経ていれば、その後は郵送でも医師法20条に反しないと解します)しようと考えてはいますが・・。
 仮に有効性が確認されたら、結果をブログにアップし、あるいは論文にまとめて、他の先生がたの処方を促していく予定ですが、他の先生がたの関心をひき、実際に処方されるようになるまでには時間がかかると思います。
 ですから、クロフィブラート軟膏を使ってみたいというかたは、是非にご参加ください。とくに名古屋近郊の方、ご応募お待ちしています。
 
 さて、今回は、消毒療法について記します。前回記したように(→こちら、仮にステロイドを外用してある程度抑えてからクロフィブラートに移行する、ということを考えた場合に、前処置として一定期間消毒を行い、皮表のブドウ球菌数を減らしておくことは、ステロイド抵抗性を解除するために必要なことだからです。
 
 以前から、何度か記していますが、「ステロイドが効かなくなった」と感じる場合には、1)ステロイド依存に陥った、2)悪化因子への暴露が強烈で抑えきれない、という可能性のほかに、3)ステロイド抵抗性に陥った、という可能性があります(→
こちらこちらこちら)。
 
 ステロイド抵抗性の主役は、黄色ブドウ球菌の産生する毒素(トキシン)です。これが、スーパーアンチゲンとして作用し、その作用がステロイドで抑えられないために、「ステロイドが効かなくなった」と感じます。
 ですから、理論的には、「ステロイドが効かなくなった」と感じた患者は、即「依存に陥った」と判断するべきではなくて、ステロイド外用に消毒療法を追加して、それでステロイドが効くかどうか?をまず確認してみる必要があります。
 図にまとめるとこんな感じです。
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 本当は厳密に依存例のみを治験対象としたいところです。依存と悪化因子との区別はなかなか難しいですが、抵抗性例への対処はそれに比べれば容易といえるので、最低限、抵抗性例は排除したのちに、ステロイド再外用→クロフィブラート軟膏の試用、と進めたいという考えです。 
 
  さて、具体的な消毒療法のやり方の解説です。
 まずイソジン液(10%)による方法ですが、これは元々千葉県の小児科医の杉本和夫先生が1990年代に提唱されたもので、1994年のNHKの番組「今日の健康」でも取り上げられました。 
 
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 月刊誌「今日の健康」1994年10月号から。
 
 ポビドンヨード液というのはイソジン液の一般名で、病院処方薬は「イソジン液10%」、市販薬は「イソジンきず薬」です。うがい用のイソジンはアルコールが入っていて沁みて痛むので使ってはいけません。また、ウォッシュ液も洗剤が含まれており消毒療法には向きません。 
 
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 この療法のキモは、「塗ったあと数分したら必ずしっかり洗い落とす」にあります。そうすることで、ヨードの過量摂取、接触皮膚炎のリスクを減らします。また、外用しっ放しだと、衣服が汚れます。
 まれにですが、イソジン液に微量含まれている界面活性剤が合わない方もいます。その場合は「ネオヨジン」というジュネリック医薬品のほうが向いていることもあります。
 また、接触皮膚炎(ヨードかぶれ)は、まれではありますが、起こりえます。私も経験があります。接触皮膚炎というのは、それまでまったく問題なく使用できていたにも関わらず、ある日合わなくなるというものです。原因薬剤を用いるとかえって痒く赤くなります。私の経験した症例は、アトピーの赤みなのか、イソジンのかぶれなのかが、全身の湿疹のため全く判らず、患者は「リバウンドが続いている」と固く信じて「イソジンのかぶれかも知れないから中止してみたらどうだろう?」という私の助言になかなか耳を傾けようとしませんでした。以前イソジン消毒療法で良くなった経験があったからです。唯一健常皮膚が残っていた手の平でパッチテストしたところ陽性が確認できて、イソジン消毒療法中止でよくなりました。
 しかし、多くの場合は、イソジンは消毒療法として非常に有効です。イソジンは、皮膚に使える消毒薬の中では、もっとも抗菌力が強いからです。
 提唱者の杉本先生は、何本かの英語論文を記しています。Medlineで調べた限りでは、最初の論文は、
 
New successful treatment with disinfectant for atopic dermatitis.
Dermatology 1997; 195(suppl 2):62–68.
 
で、最近のものは、
 
The Importance of Bacterial Superantigens Produced by Staphylococcus aureus in the Treatment of Atopic Dermatitis Using Povidone-Iodine
Dermatology 2006;212(suppl 1):26–34
 
です。
 ただし、そのエビデンスレベルはというと、イソジン消毒というのは、ブラインドに出来ませんから(イソジンとまったく同じような茶色い液体で消毒効果の無いもの=対照、が無い)、どうしてもケースシリーズの域を出ません。たとえば1997年の論文は、128人のアンケート結果を集計し、そのあとケースレポートを数例紹介するという構成です。
 また、杉本先生は、ステロイド外用による通常の治療に加えて、消毒療法を行うことの有用性を訴えています。決してステロイド依存に気がついて、これを訴え、消毒療法に置き換えようという治療方針ではありません。小児科の先生であり、ステロイド依存例に接する機会は必ずしも多くなく、依存例の存在に気がついていらっしゃらないのだと想像します。
 このことは、提唱された当時、「ステロイドを使うなら、それだけで十分だろうに、なぜ消毒療法を加える必要があるのか?いったい杉本先生は何を訴えたいのだろう?」と、いう疑問を多くの医師に抱かせました。それらの医師には、奇異なことをやっている変わり者としか映らなかったと思います。
 しかし、ステロイド抵抗性の機序が明らかになった(→
こちら)今、振り返ってみると、ステロイド外用に消毒療法を加える、ということの意義は明らかです。杉本先生は、「ステロイド抵抗例」の存在を、「消毒療法の有用性」という形で訴えていたと言えます。
 次に紹介する強酸性水治療も、小児科の先生がたが熱心でした。 
 このように、小児科の先生方の間で、ステロイド外用に消毒療法を加える方法が始まった、という事実は、小児や乳幼児における「ステロイドが効かない」というケースは、依存例というよりは、黄色ブドウ球菌が関与した抵抗性例のことが多いということを意味しているのではないか?と私は考えます。
 頻回のシャワーや入浴による洗い流しだけでもDr.Leungが提唱したように(→
こちら)、ステロイドが効くようになることもあります。小児科の医師たちは、ステロイド抵抗性例を意識せずに、しかしなんとなく経験的に、「ステロイド外用だけでなく日頃のスキンケアが大切」と指導しているのかも知れません。
 
 次に強酸性水についてです。強酸性水が注目を集めたのは、三重県四日市市の伊藤仁先生の「サンクエスト水」による治療でした。「アトピーが消える日」という伊藤先生の著書は、1990年代には有名でした。
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 強酸性水というのは、PH2.7以下、酸化還元電位1000mV以上の電解水のことを言い、現在では含有される次亜塩素酸(HCLO)が消毒効果を発揮しているのだろう、というのが通説です。
 しかし、この強酸性水、伊藤先生が紹介した当時は、まだ一般的に知られたものではありませんでした。伊藤先生が著書中で、ステロイド外用剤によるリバウンドを問題視・指摘していたこともあって、強酸性水がどのようなものかを調べることもなく、頭から「強酸性水というのはアトピービジネスだ」と決め付けていた医師も多かったはずです。
 強酸性水の使い方ですが、その頃は、強酸性水生成装置はまだ数十万円と高価であったため、機械ではなく、水の販売所が、名古屋市内にもありました。そこが当時配布していたイラストが下図です。
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 これはまったく良くできたもので、わたしもコピーして外来で活用させてもらいました。強酸性水というのは不安定で何かと接触した瞬間に相手を殺菌して失活しますから、液体からそのままスプレーで霧状に噴霧する使い方が適切です。通常の消毒薬と同じようにガーゼや綿球に浸して使おうとすると、ガーゼや綿球に触れた時点で失活します。
 
 さて、この強酸性水には、どのようなエビデンスがあるのでしょうか?これが意外とあるのです。
 
超酸化水のアトピー性皮膚炎に対する効果―二重盲検試験を用いて―
笹井みさ ほか 日本小児アレルギー学会誌 9(3)、1995年、p207 
 
〈目的〉最近アトピー性皮膚炎の治療の一つとして、超酸化水の使用が注目されてきている。実際の治療効果を判定するために、二重盲検試験を用いて検討した。
〈方法〉当科アレルギー外来初診の児に、超酸化水あるいは水道水を霧吹きにより1週間噴霧させ、使用前後に以下の検討を行った:(1)皮膚炎の重症度スコアの改善度をみた;(2)Full-hand touch plate法を用いて皮膚患部表面の菌量を測定し、画像解析装置 によりコロニー占有面積の減少率をみた;(3)患児の母親から効果を聴取して、著効、 やや改善 、不変、悪化の4段階に分けた。
〈対象〉超酸化水群10例 、水道水群11例 。年齢は2か月~4歳8か月で、年齢 、性別 、血清IgE値 、末梢血好酸球数およびアトピー性皮膚炎の罹患期間等の各々の項目において、両群間に有意差はなかった。
〈結果〉(1)皮膚重症度スコアは水道水群では使用前後で差はなく、超酸化水群では有意な減少が認められた。(2)皮膚患部表面の菌量は水道水群では前後で差はなく、超酸化水群では有意な減少が認められた。(3)患児の母親から効果を聴取したところ、超酸 化水は水道水に比較して明らかに治療効果があることがわかった。
〈結論〉二重盲検試験により、アトピー性皮膚炎に対する超酸化水の有効性を確認した。
 
 上記は学会報告ですが、笹井先生は、関西医科大学雑誌49巻2・3・4号、1997年、p188-189に論文としてまとめてもいらっしゃいます。
 
 もうひとつ、
 
二重盲検法による強酸性水のアトピー性皮膚炎に対する効果
小沢武司ほか 小児科臨床 Vol.54(2001), No.1,Page51-54
 
(要旨)アトピー性皮膚炎(AD)民間薬の一つである強酸性水(食塩水の電解で得られ,酸化還元電位1100mV以上,pH3以下で塩素と活性酸素を含有する)の臨床効果を滅菌蒸留水を対照に二重盲検法で評価した。AD患者23例(男15例,4か月-20歳)を無作為に割り付けた。強酸性水群は13例であった。両剤共1日2回患部に噴霧された。改善効果は強酸性水群が有意に優った。血清IgE値,白血球数,好酸球数に差はなかった。ADではぶどう球菌に対するIgE特異抗体の関与が指摘されており,局所の消毒による効果が推定された。強酸性水はポピドンヨードの様な過敏性がなく,明らかな副作用報告もない。基本的治療を行った上での補助療法として有用である可能性があると考察した。
 
という報告もあります。
 強酸性水というのは、一見したところまったく普通の水と変わりありませんから、イソジン液と違って二重盲験が可能(容易)です。複数の施設から別々に同じ結論が上がっています。エビデンスレベルは高いです。
 
 しかし、強酸性水治療というのは、現在、皮膚科は無論のこと、小児科の現場においても、決して一般的とは言えません。ステロイド外用療法を否定しない(ステロイド依存を認めることを迫らない)にもかかわらず、九州大学の「アトピー性皮膚炎のEBM集」(→
こちら)にも取り上げられていません。
 何故でしょうか?
 九州大学のEBM集に取り上げられていないのは、執筆担当の大矢先生が、2003年以降の文献に検索対象を絞ったため、でもありますが、それなら、その2003年以降、なぜこの強酸性水治療の臨床研究が中断してしまったのか?が不思議です。
 
 私は、これもまた、ガイドライン治療の推進のひとつの弊害であろう、と考えます。以前にも記しましたが、アトピー性皮膚炎診療ガイドラインは、一部の当時「権威」を持っていた皮膚科医たちの好みによる作文以外の何物でもありません(→
こちら)。
 ガイドラインが、アトピー性皮膚炎治療を、EBMの考え方に基づいて反映したものであるならば、強酸性水治療は、複数の施設から二重盲験で有効という結果が出ているのですから、少なくとも付記されていなければなりません。強酸性水治療が、ガイドラインでまったく触れられていないということは、計らずも、ガイドラインが、EBMの考えに基づくのではなく、一部の医師たちの恣意が強く反映されて取捨選択されたものだ、という証明になっています強酸性水が無視された理由は、「なんとなく民間療法的だ」という印象、ただそれだけでしょう。
 
 まあ、愚痴というか、ネガティブな話は散々このブログで書いてきましたから、このくらいにしておいて、強酸性水生成機、昔は数十万円して、手が出なかったですが、最近はいくらくらいだろう?そもそもまだ売っているのだろうか?と調べてみました。
 一時期は家電量販店の浄水器コーナーにも売られており、多くのメーカーが参入していたと思うのですが、最近はほとんどが撤退して製造販売中止になっているようです。
 ネットで調べると、
http://www.takasakicci.or.jp/member/002961h3.htm
が、5万円で一番安そうです。
 電話で問い合わせた限りでは、製造はアルテックという会社で、故障時の対応もしてくれるとのことなので、私もひとつ買ってみることにしました。手術時の術野の消毒などにも使えそうだからです。
 とくに幼小児の患者さんを抱えるご家庭では、一台買っておいても損は無いと思います。私が親だったら迷わず買います。かぶれの心配は無いし、スプレーで吹き付けるだけですから子供もあまり嫌がりません。手間も無い。デメリットは5万円の出費だけです。
 
 さて、最初のクロフィブラートの治験の話に戻りますが、クロフィブラートは無色無臭で二重盲験が可能なので、仮に有効性が確認されたら、高いエビデンスが得られるだろうと考えて進めているのですが、実際のところ、こうやって頑張って仮に結果が出たとしても、強酸性水のように、無視されて埋もれて忘れられてしまう可能性は十分にあると思います。それを思うと、 ちょっとネガティブな気持ちになりますが、誰も何もしなければ始まりさえしないですからね。私が今回強酸性水の学会抄録や日本語論文紹介したように、いつか誰かが気がついてくれるかもしれないし。
 
 まあ、それ以前に、治験の患者が集まらなければ、エビデンス以前の問題です。・・それにしても、こんなに集まらないとは思わなかった。ちょっと溜息が出ます。
 


moto_tclinic at 11:16│Comments(0)TrackBack(0)