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フィラグリン遺伝子の異常について(3)


 先回、仮に、あなたのアトピー性皮膚炎が、塩基配列レベルのフィラグリン遺伝子異常が基礎にあって発症したものであったとしても、『自然治癒』はありうる。」と記しました。わたしがそう考える根拠となる論文を示しておきます。
 
Individuals who are homozygous for the 2282del4 and R501X filaggrin null mutations do not always develop dermatitis and complete long-term remission is possible
Thyssen JP ;  J Eur Acad Dermatol Venereol. 2011 Apr 19. 1468-3083.2011
(
http://www.copsac.com/userfiles/j.1468-3083.2011.04073.x.pdfで無料で読めます)

 表題は「フィラグリン遺伝子異常(2282del4 および R501X)が二つの染色体(注:ヒトには相同染色体といって、遺伝子は二個あります。二つとも遺伝子異常の場合、フィラグリンはまったく産生されません)にともにある人は、必ずしも皮膚炎を発症しないし、また発症した場合でも長期間の寛解は可能である」です。
 デンマークの調査です。研究対象は3群で、
 
1)18才から69歳までの健康診断受診者3335人
2)アトピー性皮膚炎で受診した患者499人
3)喘息の母親から生まれた411人の児の追跡調査
 
です。全員がフィラグリン遺伝子異常(2282del4 および R501X)の有無のチェックを受けました。2282del4 および R501Xは、どちらがあっても、その染色体からはフィラグリンが産生できません。ヒトには2個の染色体があります。2個の染色体の両方に同じ異常(例えば2282del4)があっても、異なる異常(例えば一方に2282del4、他方にR501X)があっても、その人からはまったくフィラグリンが産生されません。前者をhomozygous、後者をcompound heterozygousと呼びます。この双方(homozygous⁄  compound heterozygous)の人が
 
A)健常者中にいるか?
B)長期間症状が出ない(寛解)アトピー性皮膚炎患者がいるか?
 
を検討したものです。
A)に関して、
 
1)の3335人中9人がhomozygous⁄  compound heterozygousであったが、このうち1人(49才)はまったく湿疹の既往が無かった
 
3)の499人中3人がhomozygous⁄  compound heterozygousであった。このうち2人は湿疹があったが残る1人は乾燥肌程度であった。2人のうち1人は4才までに完全に治まった。残る1人は11才現在なお湿疹がある。
 
Bに関して、
 
2)の499人の患者中、15人がhomozygous⁄  compound heterozygousであった。このうち、1年以上湿疹が出ない時期が過去にあったか?を尋ねて「はい」と答えたのは9人であった
 

1)の3335人のデータは↓
1














 
デンマークの一般人口の260/3555=7.8%がheterozygous(片方の染色体のみ異常)、9/3555=0.3%がhomozygous⁄  compound heterozygousということになります。
  
2)の15人のデータは↓
2










 
です。 
 
 もうひとつ、フィラグリン遺伝子異常に関して興味深い論文を見つけました。 
 

Novel filaggrin mutation but no other loss-of-function variants found in Ethiopian patients with atopic dermatitis.
Winge MC ; Br J Dermatol. 2011 Nov;165(5):1074-80
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21692775


 エチオピアの報告なのですが、103 人のアトピー性皮膚炎患者および103人の健常者対照とで、2282del4およびR501X に加えて S3247X, R2447Xといったより頻度の少ない異常をも調べたのですが、ヨーロッパ人の患者で検出されやすいこれらの異常がまったく存在しなかった、フィラグリン遺伝子異常としては、1人の患者でこれまでに報告の無かった632del2という異常があっただけだった、というものです。アトピー性皮膚炎自体はこの数十年世界的に増加傾向ですが、フィラグリン遺伝子異常の率はかなり民族差がありそうです。
 
 以上から考えると、わたしは、このフィラグリンの遺伝子異常というのは、確かにアトピー性皮膚炎の発症リスクを上げる要因であるとは思いますが、決定的なものではない、あくまで素地に過ぎないのだと思います。


moto_tclinic at 18:32│Comments(0)TrackBack(0)