「依存」(Addiction)という語について(その1)日本アレルギー学会のアトピー性皮膚炎診療ガイドライン

「依存」(Addiction)という語について(その2)

 本ブログの最初の記事「Dr.Kligmanの警告」(→こちら)で、「Steroid addiction(ステロイド依存)という語は1974年にKligmanによって初めて用いられました」と記しましたが、実はその一年前の1973年に、オーストラリアのDr. Burryという皮膚科医が、「Topical drug addiction(外用剤依存)」と題して、ステロイド誘発性酒さ様皮膚炎(ステロイド酒さ)などいくつかのステロイド外用剤依存例を報告しています。したがって、ステロイド外用剤によるこのような副作用を「Addiction(依存)」という語で形容したのは、Dr.Burryが最初です。
 Dr.Kligmanの「Steroid addiction」の論文は、「ステロイド外用剤依存はアトピー性皮膚炎において生じていることが多い」と明確に指摘した点が大きく評価されます。Dr.Burryの論文には、アトピー性皮膚炎のケースは出てきません。
 しかし「依存」(Addiction)という語について、なぜそのような形容がされるに至ったかを振り返るとき、Dr.Burryのこの論文こそが原点です。
 
Topical drug addiction: Adverse effects of fluorinated corticosteroid creams and ointments(外用剤依存:フッ素化ステロイド外用剤の副作用)
Burry JN.; Med J Aust. 1973 Feb 24;1(8):393-6.
 
 8例の症例報告(case series)です。「Addiction」や「Rebound」といった語が使用されている部分を抜粋して以下に訳します。  
The adverse effects which the anti-inflammatory powers of topical fluorinated corticosteroids have on acne rosacea, “seborrhoeic”complexion and tinea infection of the skin are illustrated by several cases. These steroids also cause local atrophy, purpura, teleangiectasia and ulceration by interfering with skin collagen metabolism. Many patients are afraid to stop using the locally applied steroids because of the uncomfortable rebound inflammation which follows their withdrawal. Both the skin and the patient can therefore become readily “hooked” on these topical drugs.
抗炎症作用の強いフッ素化ステロイド外用剤を、酒さ・脂性肌・白癬に使用した場合の副作用を数例写真供覧する。このステロイドは皮膚のコラーゲン代謝に障碍を与えることによって萎縮・紫斑・毛細血管拡張・潰瘍を生ぜしめる。多くの患者が、中止した際に見舞われる不快なリバウンドのために、ステロイド外用剤の中止を怖れる。皮膚も患者も、この外用剤に容易に「引っ掛かって」しまうのである。
 
The adverse effects of the fluorinated corticosteroids, betamethasone, fluocinolone and triamcinolone, when these are used topically in the treatment of rosacea, were first described in 1969 by Sneddon. Rosacea is suppressed by these steroids only to “rebound” once they are withdrawn. Futher applications of the steroid will give symptomatic relief and control the rebound inflammation, leading to prolonged use which promotes and spreads a steroid-induced rosacea-like entity composed of erythema,oedema, pustulation and teleangiectasia.
フッ素化ステロイド(ベタメサゾン、フルオシノロン、トリアムシノロン)を酒さに外用した場合の副作用は、1969年にSneddonにより報告された。酒さはステロイドでいったんは抑えられるものの、外用中止すると「リバウンド」を来たす。外用を再開すると、症状は和らいで、リバウンドの炎症はコントロールされるものの、長期連用せざるを得なくなり、紅斑・浮腫・膿疱・毛細血管拡張の混在した「ステロイド誘発性酒さ様皮膚炎」となる。
 
Therapeutic trials with fluocinolone acetonide and betamethasone valerate  were intiated in 1960 in the United States of America and in 1962 in the United Kingdom.
“Rosacea-like dermatitis” was first reported in the United States of America in 1964 and in the United Kingdom in 1968, but its causal relationship to topical fluorinated corticosteroids was not established until recently (Weber,1972). It is therefore not suprising that individual patients and their medical practitioners may not recognize the adverse effects of topical fluorinated steroids when they occur in the inflammatory dermatoses. Those patients who are seeking symptomatic relief are, like their skins, readily “hooked” on topical steroids, one of the principal actions of which is the suppression of inflammation. Like Sneddon’s patients, many of the patients I have seen with “rosacea-like dermatitis” were afraid to stop using the topical steroids because of the rebound inflammation which would follow. They can be described as cases of topical drug addiction.
フルオシノロンアセトニドやベタメサゾンバレートによる治療はアメリカでは1960年、イギリスでは1962年に始まった。「酒さ様皮膚炎」は、1964年にアメリカで初めて報告され、イギリスでは1968年である。しかし、それがステロイド外用剤が原因であることが確定したのは最近(Weber,1972)のことであり、患者や医師が、フッ素化ステロイド外用剤を(酒さのような)炎症病変に用いたときに生じるこのような副作用を知らなかったとしても不思議ではない。患者たちは、症状の緩和を求めるあまり、彼らの皮膚同様、容易にステロイド外用剤のもつ、抗炎症作用という一面に「引っ掛かって」しまう。Sneddonが報告した患者たちと同じく、私の診た多くの「酒さ様皮膚炎」の患者たちは、ステロイド外用剤の使用中止を怖れていた。後に続くリバウンドという炎症のぶり返しのためである。彼らは外用剤依存例と形容できるだろう。

 まとめますと、ステロイド外用剤による「Addiction(依存)」という言葉は、1973年にオーストラリアのDr.Burryが、ステロイド酒さにおいて、止めた後のリバウンド(ここでいうリバウンドとは、ただの原疾患の悪化ではなく、そう考えるには不自然なほどの強く酷い悪化のことを言います)を考えると、止めるにやめられなくなる状況を形容する語として初めて用いました。次いで1974年にDr.Kligmanが、このような中止するとリバウンドを来たす「Steroid Addiction(ステロイド依存)」の状況は、アトピー性皮膚炎において多くみられると論文に記しました。 
 このころは、患者たちは、ステロイド恐怖でステロイドを忌避していたのではなくて、リバウンド恐怖のためにステロイドを止められなかったわけです。ですから、この状態を「Addiction(依存)」と形容することは、違和感はありませんでした。皮膚科医たちは、そのような患者に、ステロイドを何とか止めさせようと努力していました。
 現在あるいは90年代以降の日本のアトピー性皮膚炎患者を取り巻く環境はこれと逆です。離脱後のリバウンド(原疾患の悪化として考えるには不自然な酷い悪化)が生じうることを考えると、そもそもステロイドを塗れないステロイド恐怖を抱える患者が多くなりました。
 皮膚科医は、昔は、ステロイド酒さの患者たちに、リバウンドはそれを乗り越えれば、元の健常な皮膚に戻れることを説明してステロイドを止めさせようとしていました。また、現在も、ステロイド酒さの診断がついたケースでは、そうしているでしょう。
 しかし、アトピー性皮膚炎の患者に対しては、ステロイド恐怖を取り去ろうとするあまり、「ステロイド外用剤は正しく使えば安全な薬であり、リバウンドや依存を生じることはない」と、誤った情報提供を始めました。ステロイド依存は、乾癬などほかの様々な皮膚疾患や、時に健常者ですら起こりうるけれども、アトピー性皮膚炎患者においてだけは決して生じない、と論じることのおかしさに、なぜ多くのひとが気が付かないのだろうか?
 現在、「標準治療」を絶対視する皮膚科医や患者、これを疑ってかからないマスコミ報道の全てが、「Steroid Addiction(ステロイド依存)」の状況にあると言えます。すなわち、中止した後に生じるかもしれない「リバウンド恐怖」を内々に感じながらも、それを認めたくないので、ステロイド依存は存在しない、と確認し合って平静を保っているわけです。そしてそこから脱落した、すなわち依存が深刻化して、リバウンドを経て離脱せざるを得なくなった患者の存在を見て見ぬ振りをしています。
 ステロイド外用剤に依存性はあります。アトピー性皮膚炎の場合、原疾患と混ざって経過が判別しにくくはあるけれども、例外ではありません。
皮膚科臨床医は、患者がステロイドを使えなくなる「ステロイド恐怖」にもステロイドを止められなくなる「リバウンド恐怖」にも陥らないように、情報提供していくべきですし、マスコミは、どちらの恐怖を煽るような報道もすべきではありません。



moto_tclinic at 18:35│Comments(0)TrackBack(0)