時間皮膚科学Dr.Corkの表皮バリア破綻説(その2)

正常皮膚にデルモベートを6週間外用すると・・


Morphologic Investigations on the Rebound Phenomenon After Corticosteroid Induced Atrophy in Human Skin

Peishu Zheng, Robert M Lavker, Percy Lehmann and Albert M Kligman

J Invest Dermatol 82: 345-352 (1984)

 第一章で紹介した、Kligman先生が名前を連ねるペンシルバニア大学発の論文です。筆頭者はDr.Zheng(鄭)です。 健常人ボランテア4名の前腕皮膚にプロピオン酸クロベタゾール(日本では最強のステロイド外用剤として知られているデルモベート軟膏のことです)を一日2回、6週間外用したのちに中止し、「リバウンド期」にあたるその後2週間の皮膚の復元の様子を、実際に皮膚を採取して病理組織学的に検討したものです。

 ただし「リバウンド期」と言っても、肉眼的には、たぶん湿疹反応が生じるといったことは無かっただろうと思われます。病理に炎症性細胞の浸潤を認めないからです。 しかし、皮膚の萎縮は、明らかであり、後年Dr.Corkらによって提唱された「ステロイド外用剤長期連用が、プロテアーゼ亢進によるコルネオデスモゾーム破壊の機序で、アトピー性皮膚炎の激烈な悪化(リバウンド)をきたす」という説を明確に裏付けるものです。  

 皮膚病理を見慣れていない他科の先生や一般のかたは「ふーんこんなものか」という印象かもしれませんが、皮膚科医にとっては、結構ショッキングな病理変化だと思います。健常皮膚にデルモベート6週間外用すると、こういうふうになるんですねー。

 1Aはコントロール(ステロイド外用前)で、Bは基底層、Sは有棘層、Gは顆粒層、Hは角層を示します。角層はよく発達し「編みかご様」に見えます。右下の黒いバーは0.25mmです。 1B は外用中止直後(Day0)です。表皮は非常に薄く、平坦化しており、個々の表皮細胞は小さく、濃縮した核を有しています。顆粒層は消失し、角層の編みかご様構造も見られません。 1C (Day2)では、表皮は厚さを増し、細胞はやや大きくなり不整形です。基底細胞の核も大きくなっています。メラノサイト(M)は濃縮した核と透明な細胞質を持っています。

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 1D (Day4)では、表皮は肥厚ぎみで大きく不整な細胞から成り、極性(基底層から角層への分化)が明瞭になってきています。基底細胞は大きく、四角形になり、メラノサイトはやや目立たなくなってきます。細胞分裂(D)が増加します。顆粒層が明らかとなってきて、角層はパラケラトーシス(核が残存すること)を呈しています。細胞間隙はまだ広いです(矢印) 1E (Day7)では、表皮は肥厚し、表皮細胞は大きく境界明瞭な核を有しています。角層にはまだ一部パラケラトーシスが残っていますが、正常の「編みかご様構造」を呈しています。 1F (Day14)では、表皮や顆粒層はまだ健常皮膚(1A)よりも肥厚していますが、角層はほぼ正常に復しています。


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 Day2の透過電顕像です。Bは基底細胞、SBは上基底細胞で、細胞間隙の拡大が見られます。Hは角層で非常に薄く、G(顆粒細胞)は一層しかありません(ていうか、基底層から数えても細胞3層しかないです)。左下拡大像では、細胞質内はリボゾームで満たされておりケラチンは消失しています。N(核)のクロマチンは細かく散らばっており、細胞間隙(I)は拡大しています。Dはデスモゾーム。

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 真皮の変化です。Haleのコロイド鉄染色でグルコサミノグルカン(ムコ多糖)を青色に染めています。A (Day0), B(Day2), C(Day4), D(Day7), E(Day14)と、だんだん増加しています。  真皮におけるコルチコステロイドのターゲットは繊維芽細胞であり、それが産生するムコ多糖(ヒアルロン酸など)はステロイド外用により減少します。AEは、それが回復していく様子です。ステロイド外用剤は、表皮だけではなく、真皮も萎縮させます。

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 8Aはコントロール(ステロイド外用前)で、8BDay7です。矢印は真皮に新生血管が現れているところです。リバウンド期の表皮肥厚に対応する変化と考えられます。ステロイド外用剤の副作用のひとつに「毛細血管拡張」がありますが、それにつながる変化でもあります。


 この研究は、健常者で行われているので、炎症反応は伴わず、皮膚萎縮はすみやかに回復していますが、これがatopic skinならば、外的刺激に反応して強い炎症反応を伴うことでしょう

 著者のZheng先生は、この論文を書いた1984頃は上海第一医科大学の所属で、ペンシルバニア大学に留学中だったのでしょうか?現在は、ペンシルバニア州フィラデルファで開業なさっておいでのようです。標榜は皮膚科ではなく、内科・外科とあります。私のように転科されたのでしょうか? 実際、ステロイド外用剤の強い副作用的側面を詳しく見てしまうと、皮膚科を続けていく自信が無くなります。この薬剤を長期間連用して、まったく副作用を出さずに、慢性湿疹の皮疹を完全に抑え続けることなど、出来るわけがない・・。

 アトピー性皮膚炎が治らないと言っているのではありません。気休めでなく自然治癒はよくあります。また、環境からの外的刺激を少なく保つことは、自然治癒に導きやすいだろうと、経験的に思います。しかし、それらは、皮膚科医が、医療行為(投薬など)として、介入することによって得られる結果ではありません。医者の出番はあまり無いのではなかろうか?ということです。まあ、最近はカルシニューリン阻害薬とか、いろいろ代替ツールも増えてきてくれてはいますが。Zheng先生が皮膚科で開業していない理由は、たぶん他にあるのでしょうが、この研究をなさったときに、肉眼では一見たいした変化が起きていないように見えても、病理組織レベルでは、ステロイド外用剤が、これだけ大きな変化を起こしているということに畏怖したことは間違いないと思います。



moto_tclinic at 01:12│Comments(0)TrackBack(0)