「塗ってもきかない」― ステロイド抵抗性離脱経過の皮疹の分類

「塗っても効かない」― 接触皮膚炎?


 フィッシャーの「Contact dermatitis」という本を知らない皮膚科医はいないでしょう。接触皮膚炎の原因検索の際に、被疑物質のパッチテスト濃度を調べるのに必須のデータベースです。わたしも何度もお世話になりました。
その第六版(2008年)のChapter15は、「Topical corticosteroids」です。何が書かれているかと言うと、ステロイド外用剤自身による接触皮膚炎(かぶれ)についてのまとめです。ステロイド外用剤というのは、かぶれを抑える薬のはずですが、人によってはステロイド外用剤自体にアレルギーが生じ、これを塗ることで湿疹反応がひどくなってしまうことがあります。パッチテストで確認できます。 その冒頭の記述をまず紹介します。

-----(ここから引用)-----

Reactions to topical corticosteroids or their vehivles should be suspected when the use of the topical corticosteroids either does not improve the existing dermatitis or makes it worse. One should be alerted particularly when a patient has used a topical corticosteroid with a good response but then no longer responds, or the existing dermatitis becomes worse. If a patient with a corticosteroid-responsive dermatosis does not respond appropriately, one could consider the possibility that corticosteroid allergy might be the reason for a lack of response. In a study of 41 such cases, 9 or 22% were found to be allergic to corticosteroids.

ステロイド外用剤を塗っても効かない、あるいは、塗ることで、もとの皮膚病変が悪化してしまうような場合には、ステロイドまたはその基剤を原因として疑わなくてはならない。特に、患者がそれまでステロイド外用剤を使用していてよく効いていたのに、効かなくなってきた、あるいは悪化してきたような場合には、注意すべきである。ステロイドで治るはずの皮膚病にステロイドが効かないというような場合にも、ステロイドに対するアレルギーが疑われるべきである。そのような41人の患者において、9人(22%)で、ステロイドに対するアレルギーが確認された、という報告がある。

-----(ここまで引用)-----

とあります。

 接触皮膚炎の教科書ですから、パッチテストで22%で陽性だったということから、ステロイド外用剤による接触皮膚炎の可能性を強調する文脈だとは思います。 しかし、それは一方で、41人のうち32人(78%)は、ステロイドに対するアレルギーが確認できなかったにもかかわらず、「効きが悪くなった、または、悪化した」ということでもあります。 気になって「報告」にあたる元の引用文献を読んでみました。
Detection of contact hypersensitivity to corticosteroids in allergic contact dermatitis patients who do not respond to topical corticosteroids

Contact dermatitis Volume 53 Issue 2 , Pages 67 - 123 (August 2005)

 トルコの皮膚科の先生の論文です。患者の原疾患は「アレルギー性接触皮膚炎」としか記されていません。「原因不明だが、かぶれのような外観を呈した皮膚炎」ということでしょうか?患者41人のうち、32人には過去にも何かでかぶれたことがあり、8人には下腿にうっ滞性皮膚炎あったと記されています。24人は手湿疹であったようです。 

  41人中32人はスタンダードシリーズのパッチテストで、何らかの陽性反応が確認されたとあります。ステロイドは7種類でパッチテストが行われており、どれかで陽性が確認されたのは、本文のように9人(22%)でした。 スタンダードシリーズのパッチテストで何か陽性に出たからといって、湿疹の原因が確定されたわけではありませんし、ステロイドがパッチテストで陽性に出たからといってステロイドが原因であったとも限りません。原因が確定して、接触皮膚炎の診断がつくためには、あくまで、それとの接触を無くすことで皮膚炎が消失しなければなりません。パッチテストの結果は、あくまでヒントでしかないわけです。逆に言うと、ステロイドのパッチテストが陰性であっても、実際に使用しているステロイドを中止して速やかに皮疹が消失してしまえば、使用していたステロイド外用剤の接触皮膚炎といえます(その場合は、施行したパッチテストのほうに何か問題があったわけです)。

 この論文は、ステロイドのパッチテストの結果は出していますが、結局のところ、41人の患者の何人が、治癒できたのか、は記されていません。「ステロイドを塗っても効かないのは、ステロイドに対するアレルギーがあるからだろう」という推測が成り立つのが、41人中9人、ということのようです。

 手湿疹や下腿のうっ滞性皮膚炎で、Steroid addictionに陥り、ステロイド中止→リバウンド→軽快していく例は、わたしはかなり経験しました。基礎にアトピー性皮膚炎がなくてもaddictionに陥ります。ステロイド外用剤を長期連用する例が多いからでしょう。2000年に出版した私の著書「アトピー性皮膚炎とステロイド離脱」(医歯薬出版)から、該当部分を抜粋します。

-----(ここから引用)-----

アトピー性皮膚炎以外のステロイド皮膚症    
 ここで記すものは、アトピー性皮膚炎でのステロイド離脱という本書の趣旨からは外れるかもしれないが、いわゆるステロイド皮膚症という概念を理解する上で必要と考えた症例である。
 ステロイド皮膚症とは、ステロイド外用を長期連用して中止した際、ステロイドの外用を始める前よりも強い(あるいは多彩な)皮膚の増悪を来たしてくるような状態である。
 ステロイド皮膚症は、ステロイド外用中に生じてくる酒さ・ざ瘡・皮膚萎縮といった古典的なステロイド外用剤の副作用とは異なる。外用中は症状がなく中止後に初めて明らかとなるため、治療者側は気が付きにくい。
 ステロイド皮膚症はアトピー性皮膚炎に限った話ではない。逆にアトピー性皮膚炎患者でステロイドを多量に外用していても、特にリバウンドを生じることもなく、すんなりと離脱してしまうケースもある。
 どうも、ステロイド外用剤を連用するとステロイド皮膚症になりやすい一群の人達がいて、たまたまアトピー性皮膚炎患者ではその率が高い、といったことのようである。

1.手湿疹型
 これは現在はあまり問題となっていないが、潜在的にはかなり多いと筆者は考えている。 ステロイドを中止してリバウンドを生じたので、アトピー素因を疑って血液検査をしてみたらIgE高値やRAST陽性であったということも多い。

8
 
( 前 / 2ヵ月後 / 4ヵ月後 / 6ヶ月後 )

 リバウンドは手のみに限局することもあるが、手が治まった頃に腕や肘に湿疹を生じた後に消退することも多い。
 指一本に限局していたステロイド抵抗性の難治性湿疹が、ステロイドの中止とともに拡大し、腕から体へと皮膚炎が拡がって紅皮症となった事例の経験もある。リバウンドはステロイドを外用していなかった部位にも生じる

9

( 前 / 2ヵ月後 / 4ヵ月後 / 6ヶ月後 )

2.貨幣状湿疹型
 いわゆる難治性の貨幣状湿疹でステロイドを切ってみると拡大しつつ消退しながら治癒してしまうもの。
 タイプ3(地図状拡散型)や手湿疹型に似ている。臨床像は貨幣状湿疹そのものである

10
( 前  / 1ヵ月後 / 2ヶ月後 

  4ヵ月後 / 9ヵ月後 / 14ヶ月後 ) 
 (ステロイド中止後、2・3のようにリバウンドを生じた後治まった。その後5のように少し再燃したが、ステロイドは外用せず白色ワセリンのみで6のように治まった。)

3.老人性乾皮症型
 経過から、当初老人性乾皮症であったがステロイド外用剤の連用によってステロイド皮膚症に移行したと考えられるケース。
 手湿疹と同じく、潜在的に多く、今後問題となり得る。

11

( 前 / 1ヵ月後 / 4ヵ月後 / 5ヶ月後 )
4.掌蹠膿疱症型 掌蹠膿疱症のように見えるが、実はステロイド皮膚症で、離脱・リバウンドを経て治癒してしまうもの。

122

( 前 / 1ヵ月後 / 4ヵ月後 / 5ヶ月後 )

5.接触皮膚炎様型 限局した皮疹で、何かに対する接触皮膚炎を疑わせるが、実はステロイド皮膚症で、離脱・リバウンドを経て治癒してしまうもの。

13
( 前 / 3週間後 / 5ヵ月後 / 10ヶ月後 )

-----(ここまで引用)-----

 ですから、トルコの先生が報告した41人の患者のなかには、ステロイド依存(Steroid addiction)患者が、おそらく混ざっていただろうと、わたしは推測します。

話を戻して、フィッシャーのContact dermatitischapter15、冒頭部分の続きです。

-----(ここから引用)-----

Children with atopic dermatitis are exposed to topical corticosteroids over prolonged periods of time. A study of 71 children with atopic dermatitis and use of topical corticosteroids for greater than 6 months in the prior 2 years found that 18(25.3%) reported aggravation or lack of improvement in the dermatitis with such treatment. While this might suggest corticosteroid allergy, only one child proved to be sensitive on patch testing.

(アトピー性皮膚炎の小児は、ステロイド外用剤を長期間外用することが多い。過去2年間に6ヶ月以上ステロイド外用剤を使用した71人のアトピー性皮膚炎の小児のうち、18人(25.3%)で、ステロイドの使用で悪化したり、ステロイドが効かないという現象がみられたという報告がある。これはステロイドに対するアレルギーを疑わせる結果なのだが、18人のうちステロイドのパッチテストで陽性であったのは、ただ1人だけであった)

-----(ここまで引用)-----

これも面白そうなので、引用文献を読んでみました。

Contact allergy to topical corticosteroids in children with atopic dermatitis

Contact Dermatitis 2005: 52: 162163

 イタリアの先生による報告です。考察では「アトピー性皮膚炎の小児のステロイドに対するアレルギーの率は、長期使用の割には少ない。アトピー性皮膚炎では、Th1系の反応が抑制されており、遅延型反応が成立しにくいためだろう」と記されています。「アトピー性皮膚炎がステロイド外用剤を使用しているにも関わらず悪化がみられることは、ステロイドに対する接触皮膚炎によっては、説明ができないようだ」ともあります。依存の問題については触れられていませんが、わたしは、この18人の中には、ステロイド依存例が存在すると思います フィッシャーの接触皮膚炎のtextbookの「ステロイド外用剤による接触皮膚炎」の章での、「ステロイドを使用していても悪くなる、または効かない」慢性皮膚疾患が、かなりの数存在するという記述は、なんといっても接触皮膚炎のtextbookなのですから、「ステロイド自身による接触皮膚炎を疑ってパッチテストを試みるべき」というところにつながるのは、当然です。 しかし、とくにアトピー性皮膚炎で、予想に反してステロイドのパッチテスト陽性率が低いという結果は、実はステロイド依存例がかなり存在するということを暗示しているのではないかと、わたしは思います。



moto_tclinic at 00:59│Comments(0)TrackBack(0)