玉置先生の「療法」脱ステロイド狩り

Dr.Sneddonのメッセージ

 
Atrophy of the skin THE CLINICAL PROBLEMS

I.B.SNEDDON, British Journal of Dermatology (1976) 94, Supplement 12, 121.

 British Journal of Dermatologyは歴史ある皮膚科の雑誌です。 表題の論文が掲載された1976年のこの増刊号は、ステロイド外用剤の特集であったようで、以前紹介したVivier先生のタキフィラキシーについての論文も掲載されています。著者のSneddon先生は、イギリス中部のシェフィールドの皮膚科医で、「スネドン症候群」(網状皮斑と脳梗塞の合併、現在では抗リン脂質症候群と解釈されている)でも有名です。

-----(ここから引用)-----

One can therefore formulate cautionary rules about the use of strong steroids in these cases. The treatment should be continued for only a short time but in many of them the stronger form of steroid is probably not required. It must be remembered that if strong steroids are put into the patients' hands they are likely to continue to use them, despite medical advice, because rebound recurrence of inflammation may occur when the treatment is stopped. One should be especially careful in prescribing strong steroids for children and adolescents.

(強力なステロイド外用剤の使用にあたっては、慎重なルールが作られるべきである。治療は短期間でなくてはならないし、強力なステロイド外用剤が必要な症例は少ない。患者は、より強力なステロイドを使えば、医師が警告しても、それを手放さなくなるだろう。なぜなら、使用を止めると、炎症のリバウンドが生じてしまうからである。小児や若年者への、強いステロイド外用剤の処方には、特に注意が必要である。)

-----(ここまで引用)-----

 どうも、この頃までの、Steroid addictionは、「患者はより強いステロイド外用剤を好み、中止を指示しても、リバウンドで悪化するので止めようとしない」という感じであったようです。これが、いつの頃からか、現在のように、皮膚科医がステロイド外用剤の安全性ばかりを強調して、依存やリバウンドという現象の存在自体を忘れてしまうという、おかしな状況に陥ってしまいました。

-----(ここから引用)-----

Patients with atopic eczema seldom develop atrophy of the face, possibly because the epidermis is thickened, and penetration of the steroid to the dermis is insufficient to cause destruction of collagen.However, occasionally it does occur, but in young people any telangiectasia produced appears to be reversible. Recovery depends on age rather than duration of treatment, and it may well be that in the older age groups topical steroids are only accelerating the natural process of skin collagen damage by light.I recently followed up the course of a woman aged 36 years who had controlled atopic eczema of her face by using betamethasone valerate cream under her own make-up for 10 years. She developed severe telangiectasia over the whole of the treated area. She was first seen in July 1973. Cessation of the use of the steroid did not produce a significant improvement and her facial skin remains telangiectatic and atrophic-looking in 1975.

(アトピー性皮膚炎の患者では、顔面に皮膚萎縮をきたすことは少ない。それはおそらく、表皮が肥厚しており、ステロイドの真皮へ浸透によるコラーゲンの破壊が起きにくいからであろう。しかし、アトピー性皮膚炎患者でも、時に顔面皮膚のステロイドによる萎縮は起きる。若い患者では、萎縮の結果である毛細血管拡張は、可逆的である(ステロイドを中止すれば治る)。回復は、外用期間というよりは、患者の年齢によって左右される。年配の患者では、外用ステロイドは、真皮コラーゲンの光老化を早めるようである。筆者は36歳の女性のアトピー性皮膚炎患者が、10年間、化粧下地にコハク酸ベタメサゾン(注:日本ではリンデロンV)クリームを用いて、皮疹をコントロールしていたという症例の経験がある。外用部位には強い毛細血管拡張がみられた。1973年に初診来院し、ステロイド外用を中止したが、たいして良くはならず、2年後の1975年現在、毛細血管拡張や皮膚萎縮は続いている。)

-----(ここまで引用)-----

 アトピー性皮膚炎ではSteroid addictionが生じやすく、離脱にあたってはリバウンドが生じるということは、本論文の2年前にKligman先生らが報告しています。Sneddon先生は、アトピー性皮膚炎の患者では、顔へのステロイド外用による皮膚萎縮は来たしにくいが、いったん来たしてしまうと、とくに年齢が高い場合には、非可逆的かもしれない、と記しています。

 数年前に、川崎市のアトピー性皮膚炎の女性が、元担当医に対して民事訴訟を起こしました。顔面へのステロイド外用剤の長期連用により、依存に陥り、強いリバウンド症状を経て、ステロイド外用剤から離脱しました。女性は、皮膚科医には、ステロイド外用剤の処方にあたって、患者が依存に陥らないように配慮する義務があり、担当医はこれを怠った、と主張しました。 結果的に女性は敗訴しました。民事訴訟であり、すでに判決の確定した話なので、それ自体を今になって蒸し返すのは、当事者の方々に迷惑だと思うので控えますが、一点、わたしが、どうしてもコメントしておきたいと思うのは、被告医師側から提出された、女子医大の川島先生のお書きになった鑑定書についてです。  

 鑑定書全文は、関係者のかたからお借りして拝読しました。鑑定書の趣旨は、1)患者の顔面の皮疹の悪化は、ステロイド外用剤による酒さ様皮膚炎とは言えず、アトピー性皮膚炎自体の悪化であること。2)なぜなら、酒さ様皮膚炎であるならば、通常一年以内で回復するからであること。3)アトピー性皮膚炎へのステロイド外用剤の使用は、標準的治療であること、といった内容です。 健常者での顔面へのステロイド連用による酒さ様皮膚炎は、たしかに通常数週間から数ヶ月間のリバウンドを経て回復します。その期間内に治らなかったのだから、患者の皮疹はステロイド外用剤が原因の「酒さ様皮膚炎」ではなく、アトピー性皮膚炎である、アトピー性皮膚炎の治療としてのステロイド外用剤の使用は、仮に長期にわたったとしても、標準的治療であり、何ら問題はない、という、論法です。

 わたしが、問題としたいのは、川島先生の鑑定書には、「依存」や「リバウンド」についての記述がまったく見られない点です。原告女性は、ステロイド外用剤による依存やリバウンドを問題としていました。しかし、川島先生は、これに対して、健常人での「酒さ様皮膚炎」の知見を引用してしか答えていません アトピー性皮膚炎へのステロイド外用剤の使用が、依存(リバウンド)をきたしやすいことや、中止後2年を経ても回復しない皮膚萎縮などの副作用をきたすことがあるといったことは、この時代のKligmanSneddonの論文で、繰り返し警告されているので、川島先生がご存じないはずがないのです。わたしは、裁判がどうのこうのということを離れて、一皮膚科医として、この鑑定書は的を得ていない、患者としての原告女性の問いに対して、医師として正面から答えてはいない、と感じました。
Sneddon先生の論文からの引用を続けます。

-----(ここから引用)-----

Finally there is one point on which I have seen no comment, and that is the penetration of steroids through atrophic skin: one would expect it to be increased. As the epidermis and dermis become thinned a larger and larger amount of steroid must penetrate to the dermal blood vessels and thus may have systemic effects. We know that, given reasonable care, adrenal suppression does not occur to any great extent with the topical use of steroids. I have, however, had one patient whose mother was obsessional and treated her 11-year-old child, who had mild psoriasis, with 120 g of betamethasone valerate ointment under polythene occlusion weekly. The girl developed striae so severe that the subcutaneous fat ruptured through them. When she was first seen it was not appreciated that she was dependent on the steroid penetrating the skin to replace her suppressed serum cortisol and when the betamethasone valerate cream was discontinued she died from adrenal failure.

(最後に一つ指摘しておきたいことがある。それは、萎縮した皮膚からは、ステロイドの透過性はさらに高まるということである。表皮真皮が薄くなればなるほど、より多くのステロイドが真皮血管へと浸透し、ついには全身性の副作用をきたすこともありうる。十分注意して用いれば、ステロイド外用剤をどんなに広範囲に塗ったところで、副腎抑制は生じない。しかし、わたしはこういう症例を経験したことがある。11歳の少女が、軽い乾癬であったようなのだが、母親が毎週120gのコハク酸ベタメサゾンを密封療法で外用を続けた結果、少女の皮膚には重度の皮膚線条(注:ステロイド外用剤による皮膚萎縮一つの形)が生じ、皮下脂肪がそこから飛び出すほどであった。彼女は経皮吸収されたステロイドによって副腎抑制された状態にあったのだが、そのことは初診時には判らず、コハク酸ベタメサゾン外用を中止したところ副腎不全をきたして死亡した。)

-----(ここまで引用)-----

 昔はこういうこともあったわけです。第四章で記したように、脱ステロイドにあたって副腎不全が疑われる場合には、血清コルチゾールを測定して副腎不全の有無を確認してから臨むのが最善です。副腎不全が確認されれば、内服ステロイドの補充療法は必須ですが、最悪は避けて脱ステロイドに臨めます。内服ステロイドが嫌なら、血清コルチゾールを測定しながら漸減法という手もあるでしょう。

 依存患者の治療は離脱しかありません。そして、その助けになれるのは、依存やリバウンドに関する医学的知識をもった医師しかいないのです。Sneddon先生が、おそらくはあまり思い返したくないであろう、副腎不全の死亡例を報告していることは、これを後世に知識として残し、皮膚科医がより良い医療を提供できるようにという思いからであったはずです。 Sneddon先生の時代は、ステロイド外用剤による様々な問題が次々と明らかになってきた時代でした。皮膚科医は問題に直面しながらも、その解決策を模索していました。そのころの記載と知恵は、日本の若い皮膚科の先生方には、十分には伝えられていません。依存やリバウンドについての日本語の皮膚科の雑誌や教科書への記載は、タブー扱いとなっています。インターネットを検索していて、たまたま見つけたのですが、ある皮膚科開業医(日皮会専門医を取得済みのようです)のかたのホームページでの記載に、

-----(ここから引用)-----

『ステロイド外用剤』と『リバウンド』で世界中の医学論文を検索しても何も出ません。出てくるのは、ステロイド内服の論文だけです。海外では、『リバウンド』とはステロイド内服によるものをいいます

-----(ここまで引用)-----

とありました。あきれて物が言えません。少なくとも、この先生が「ステロイド外用剤」と「リバウンド」というキーワードで医学論文を検索したことが無いということは、間違いないでしょう。こういう先生が、毎日の診療で、ステロイド外用剤を処方し続けているのだと思うと、そら恐ろしくなります。 そして、日本の若い皮膚科医をそのように歪めてしまった責任は、依存やリバウンドの存在をあくまで封殺しようとしてきた、金沢大学の竹原先生や女子医大の川島先生にあると、わたしは思います。

 sneddon

Ian Bruce Sneddon 先生(1915-1987)。1976の本論文をお書きになったのは61才のときでした。ステロイド外用剤がアトピー性皮膚炎の治療に初めて用いられて有効性が確認されたのが1952年(Sneddon先生37才)ですから、24年の臨床経験をまとめた論文であるといえます。



moto_tclinic at 23:31│Comments(0)TrackBack(0)