NF-κBデコイの開発Dr.Sneddonのメッセージ

玉置先生の「療法」

 
成人型アトピー性皮膚炎の脱ステロイド軟膏療法

玉置昭治,大橋明子,石田としこ,中村麻紀、日皮アレルギー・第1巻・第1(1993,8)

 1991年に榎本先生が、ステロイド離脱後のリバウンド期の皮膚症状を「元疾患とは別の病像であり、顔面でみられる酒さ様の全身型のようなもの。副腎機能低下も伴わないので全身性ステロイド離脱時のWithdrawal syndromeとは区別してTopical steroid withdrawal syndrome様症状(TSWS)とすべき」と提唱されました。その2年後に当時淀川キリスト教病院の玉置先生が発表された論文です。榎本先生との違いは、榎本先生は離脱時の皮疹そのものの記述に重点が置かれましたが、玉置先生の論文は、ステロイド外用剤から離脱することで、寛解に持ち込める例が相当数ある、という治療成果の報告であったという点にあります。  要約全文を引用します。

-----(ここから引用)-----

成人型アトピー性皮膚炎患者でステロイド軟膏の使用を止めたいという患者にステロイド軟膏を使用せずに治療した。そのうち入院する程の増悪をした26例を対象にして検討した。多くの症例では中止後に,酒さ様皮膚炎の場合に比して浮腫、紅斑、落屑、掻破痕が顕著になり熱発を伴い、その持続期間は長かった。さらに同症状は元々の皮疹のなかった部位にも波及した。また、一度軽快した部位にも再燃を繰り返した。半年から一年かかって症状の安定をみた。26例中6例が寛解、5例がほぼ寛解、以前よりは良いが7例、4例がステロイド軟膏の使用を再開し、休職中3,不変が1例である。アトピー歴、血中1gE、ステロイド中止の契機との相関はなかった。

-----(ここまで引用)-----

 ここまでお読みになったかたで、統計の心得のあるかたは、「この論文はstudy designとしては、前向きコホート研究(prospective cohort study)またはケースシリーズだ。26例のうち、改善以上が18例といえる。アトピー性皮膚炎全体としての半年~一年後の改善率はどのくらいなのだろう?それが判らなければ、相対危険度(relative risk)が計算できないから、脱ステロイド療法が有効であったかどうかは判定できない。」と、考えるかたもいるでしょう。 

 しかし、ちょっと待ってください。ステロイド外用剤を使用したことのない、無治療のアトピー性皮膚炎患者をステロイド外用剤で治療した場合、その有効率は、半年~1年後に判定すれば、おそらく100%に近い数字になると思います。玉置先生のstudy designは、その逆です。ということは、study前の推定としては、「26人ほぼ全員が悪化」という結果が予想されます。それが、約70%で「改善以上」となったわけで、これは、皮膚科的には、相対危険度などの統計処理を行うまでもなく、異常な結果が出たと言っていいです。 また、この異常さゆえに、皮膚科医や学会では、すぐには認め難いという反応となりました。「アトピー性皮膚炎へのステロイド外用剤の有効性は確立されている。これを止めることで改善するなどということはありえない」という反論は、そのような思考の結果です。

 もうひとつ、話をややこしくさせる要因が、実はこの論文の表題に隠れています。それは、「脱ステロイド軟膏療法」という表現で、これは「脱ステロイド(軟膏)」という「療法」の提案であろうか?と、誤解したひとが、かなりの数いると思います。

 慢性B型肝炎の治療法に、「ステロイド離脱療法」というのがあります。これは、慢性肝炎では急性肝炎と異なり、e抗原がなかなか陰性化しないので、人為的にステロイドを投与して中止し、トランスアミナーゼ値の急激な上昇を起こさせて(リバウンド)、急性肝炎と似た病態を導き、e抗原を陰性化させよう、というものです。1979に本邦で報告されました。「脱ステロイド(軟膏)療法」というのは、それと同じように、離脱と言う医学的な介入をして(リバウンドを起こすことで)、アトピー性皮膚炎の改善を図るというものなのだろうか?と誤解したひともいたと思うのです。そのような先生は「患者を苦しめるような治療法は良くない」という素朴な感想を抱いたかもしれません。

 肝炎の「ステロイド離脱療法」と、アトピー性皮膚炎の「脱ステロイド(軟膏)療法」は、日本語では、よく似た表記になりますが、英語にしてみると、その考え方がまったく異なるものであることがわかります。肝炎の「ステロイド離脱療法」は“Steroid withdrawal therapyです。一方、玉置先生は、本論文の英文表題として、“Treatment without steroid ointment for adult type atopic dermatitisと表現しています。

 玉置先生のこの論文は、新しい治療法の提案ではなく、副作用の症例報告(case reportに分類されるといえます。「脱ステロイド軟膏」という新しい「療法」の提案ではなく、脱「ステロイド軟膏療法」だということです。 新しい治療法の提案なのか、副作用報告なのかで、論文の評価は違ってきます。なぜなら、新しい治療法の提案であれば、ランダム化比較試験(Randomized controlled trial)などの厳密な研究デザインで検証される必要がありますが、副作用報告では、複数の施設や医師からある一定数のcase reportが集まれば、その時点でガイドラインなどに記載され警告がなされるべきということになるからです。日本皮膚科学会ガイドライン作成委員会は、それを怠っています。

玉置先生の論文の引用を続けます。

-----(ここから引用)-----

最近、成人のアトピー性皮膚炎の患者が増加している。本症増加の原因はまだ確実には解明されていないが、原因の一つにステロイド軟膏の乱用があげられている。筆者達の経験では,簡単に治ると思えるような接触皮膚炎にステロイド軟膏を使用していると,治癒が遷延し、そのうち典型的なアトピー性皮膚炎の像を呈するようになってくる例を時に経験する。また、成人型アトピー性皮膚炎患者にステロイド軟膏を使用して治療していると、塗っても塗っても効果のなくなる例が出てくる。このような場合に,皮膚科学会の主流を占める意見はより強力なステロイド軟膏やステロイド剤の内服を短期間使用してコントロ一ルすべきであると教えます。本当にその通りでしょうか?そうするとこのような患者はステロイドを永久に切れなくなります。この事は既に検討する時期に来ているといえます。

-----(ここまで引用)----- 

 わたしは、玉置先生とは面識があります。温厚な先生で、ステロイド一辺倒で依存やリバウンドについての認識の無い皮膚科の先生に対しても、わたしのように、面と向かって「間違っている」とは指摘なさらない方です。その性格が文章に表れているように思います。婉曲な表現で、1993年当時のステロイド治療の問題点を指摘しようとなさっています。そのことが、結果的に、本論文は副作用報告である、という明言を避け、わかる人にはわかるが、わからない人にとっては、判りにくい文章となっているように、わたしは思います。

-----(ここから引用)-----

ステロイド軟膏の使用を止めただけで非常に良くなる例がある一方、それほど良くなく仕事を休めない等の関係でステロイドを再開した例もある。酒さ様皮膚炎では全例といって良いほどステロイド軟膏の中止で軽快する。この点が両疾患の大きな違いである。アトピー歴の有無,血中IgEとの相関、ステロイド中止の契機、表示しなかったがステロイド軟膏の連用期間とも結果に差を認めなかった。どういう症例でステロイド軟膏をやめれば良い結果を得るかという事をまだ的確には指摘出来ない。元々がアトピー性皮膚炎であるために原因が多岐にわたっている事と関係しているのであろう。また、症状が落ち着いていても不摂生をすればぶり返してくる疾患である。ここに報告した26例は入院する程の増悪例を示したが、実際の臨床例では入院治療を行わなくても、外来通院のみでステロイド軟膏の離脱が可能であった例をこの23倍は経験している。現時点では全ての成人型アトピー性皮膚炎がステロイド軟膏を止めるだけで良くなるという事は出来ない。しかし、ステロイド軟膏の使用を希望しない患者の大部分が漢方や民間療法に流れたり、内科や小児科に流れている現実がある。本法が難治な成人型アトピー性皮膚炎の一つの治療の選択肢となればと考える

-----(ここまで引用)-----

 おっしゃっていることに一字一句間違いは無いんですけどねえ・・。最後に「本法が」とお書きになっているので、これでますます、「脱ステロイド(軟膏)療法は、治療法だ」と、受け取るひとが増えたのではないでしょうか?玉置先生は、たぶん、「副作用というネガティブな言い方をせずに、患者が良くなる医学的介入の一つとして、脱ステロイドの問題を皆で考えていこう」というお気持ちだったと思います(わたしの知る限り、玉置先生は、そういうかたです)。 しかし、その曖昧な言い回しが、結果として大きな誤解の波紋を広げることになってしまったのかもしれません。

 私自身は、この「脱ステロイド(軟膏)療法」という語は、上述したような誤解を招きやすいと考えて、使わないことにしています。ステロイド依存(Steroid addiction)という語が、いちばん適しているし、世界的に使用されています  

 玉置先生は、26人の患者を、ステロイド剤中止の契機によって、1.患者の自己判断、2.患者と医師の合意、3.医師のほうから積極的にすすめた、に分けて結果の解析を試みています。1.は医師がそのまま受け入れればいい話ですが、2.3.では、患者の自己決定への医師による何らかの介入があったということです。わたしの推測なのですが、ここで玉置先生は、患者に対し「脱ステロイド(軟膏)療法を試みてみよう」という風に説明されたのではないでしょうか?「ステロイド依存に陥っている可能性があるから、ステロイド外用剤を中止してみましょう」という説明をすることは、ステロイド忌避を煽る結果になるという考えの下に、です。

 もしそうなら、ステロイド依存に対する非常に日本的な解決法の提案であったと思います。 もし、玉置先生の思いが、他の皮膚科の先生方に通じていたら、ひょっとしたら、ステロイド依存問題は、ソフトランディング出来たかもしれません。実際のところは、長期連用によるステロイド依存であっても、そうは表現せず、「脱ステロイド(軟膏)療法」と呼ぶことで、患者と皮膚科医とを敵対関係に置くのではなく、協力関係に持ち込もう、そういう玉置先生の思いを「脱ステロイド(軟膏)療法」に、私は感じます。しかし、ほとんどの皮膚科の先生は、本論文から、そういう玉置先生の思いを読み取ることは出来なかったと思います。わたしも、最初この論文を読んだとき、非常な違和感がありました。玉置先生と何度もお会いしてお人柄を知った今だから、そのように解釈して納得できます。

 しかし、玉置先生流のソフトランディングのチャンスの芽は、その思いを読み取ることの出来なかった川島先生による学会での玉置先生への徹底的なパッシングによって潰されました(1998年中部支部学術大会など)。川島先生は、「脱ステロイド(軟膏)療法」を徹底的に叩き、アトピービジネスに根拠を与えた悪者に見立てることで、別の形でのソフトランディングを目論んだのだと思います。それは、一見成功したかのように見えます。皮膚科医にとって、脱ステロイドを語ることは、いまやタブーです。

 果たして、この問題は本当におさまったのでしょうか?たとえば、私などは、疲れて数年間リタイアしましたが、今またこうして、問題提起を始めています。 自然科学を無理に封じ込めれば、いつか必ず目に見える形で破綻がおとずれるでしょう。



moto_tclinic at 23:28│Comments(0)TrackBack(0)