タール剤(その2)リバウンドを抑える研究(その3)

タール剤(その1)

大豆粕乾留タール(Glyteer)の抗炎症作用

竹内久米司,伊藤幸次,並川さつき 藤永製薬()研究部
日本薬理学会雑誌, 95(4) : 149-157, 1990.
 

 

 グリテールというのは、タール(乾留液:有機物を熱分解して得られる黒~褐色の粘り気のある液体)の一種で、止痒・消炎効果があり、皮膚病に古くから使用されてきました(藤永製薬の添付文書をみると「1924年販売開始」とあります)。 タール剤には、ほかにも、コールタール・モクタール・イクタモールなどがあります。海外では、コールタールやイクタモールの軟膏が、医師の処方箋無しで買える安い皮膚病薬として、一般的です。 むかし、私が皮膚科医であったとき、オーストラリア人の女性が外来で「子供がアトピーなので、コールタールの軟膏をつけたい。症状は軽いからステロイドのような強い薬はいらない。オーストラリアではどこの薬局でも売っているのに日本では売っていない。どこへ行けば手に入るのか?」と相談されたことがあります。 古くからあって、効果が大体わかっており、安価である、ということは、医学薬学の研究対象になりにくいということでもあります。 わたしが皮膚科に入局したころ(昭和61年)、藤永製薬は、たぶんまだ大手製薬会社との販売提携が無かったんでしょう、営業のかた(当時はプロパーさんと呼んでいました)が「東海北陸はぼく一人で全部回ってるんですよ」と医局でぼやいていましたのを覚えています。上の先生が「いまどき、グリメサゾンなんて、臭いがきつい外用薬は流行らないよ。強くて使い心地のいいステロイドがどんどん出てくるのに、なんでグリテールなんか使わなければいかんの?」と、プロパーさんに言って笑っていたのを思い出します。 そのころに藤永製薬の研究部から上梓された論文です。タールの効能を薬理学的に検証して、皮膚科の先生がたに見直して欲しかったのでしょう 日本語ではありますが、いまとなっては、貴重なデータです。タール系外用剤の薬理学的作用についての論文って、ほんとに少ないです。タール系外用剤自体、日本ではほとんど製造中止になっています。値段が安くて割に合わないからだと思います。   

 論文は、Coombs and Gellのアレルギーの型分類(型)にそって、マウスで実験系を組み、グリテール・非ステロイド系消炎剤・ステロイド剤それぞれについて、各型における効果を比較しています。 まずおさらいですが、アレルギーは下図のように4型に分類されます。

 0991
  

 Ⅰは即時型、は自身の組織に対する抗体反応、は抗原抗体反応によって生じた免疫複合体によって生じる反応、は遅延型反応(細胞性免疫)です。 マウスを用いてそれぞれに対する実験系を組みます。たとえば、型であれば、マウスの背部に抗卵白アルブミンラット血清(即時型抗卵白IgE抗体を含む)を皮内注射しておいたあとで、卵白アルブミンと色素(エバンスブルー)を混ぜたものを血管内注射します。皮膚を一定量切除してエバンスブルー含有量を測定すると、即時型反応が強ければ色素が血管内に漏出しているので、高く出ます。グリテールなどをあらかじめ外用しておくと、この色素漏出がどのくらい抑えられるか?で型反応への効果を判定する、といった具合です。
   glyteer1
 ** p<0.01(from the control) ## P<0.01(from the base) 

 Bufexamacはアンダーム、Indomethacinはインテバンでどちらも非ステロイド消炎剤(NSAID)、Betamethasone 17-valerateはリンデロンV(ステロイド)にあたります。型に対しては、グリテールとステロイドが効果がありますが、NSAIDは効果がありません 

  glyteer2
  

 これは、マウスの皮膚の組織像で、(a)はコントロール、(b)型反応が起きてマスト細胞が脱顆粒してヒスタミンなどを放出しているところ、(c)は、グリテールを外用しておいた場合で脱顆粒が抑えられているのがわかります。

  glyteer3
  * p<0.05(from the control) # P<0.05(from the base)  

 型反応を見てみると、グリテールは効果がなく、ステロイドとNSAIDとが有効です。

  glyteer4 

 型反応です。ステロイドのみが有効で、グリテール・NSAIDとも無効です。

   glyteer5  

 Ⅳ型反応は、すべてで効果がありますが、強さ的には、ステロイド>グリテール>NSAIDでした。 

 まとめますと、グリテールは型と型とで有効ですが、NSAID型と型とで有効という違いがあります。型に対しては、グリテールはNSAIDよりも有効です。ステロイドは全部の型に有効です。 

 1990年当時のわたしなら、この結果を見せられても、「結局ステロイドがいちばん効くってことだ」と、関心を持たなかったでしょう。しかし、ステロイドの長期連用が依存やリバウンドにつながることを知ってしまった今では、見方が違ってきます。ステロイドほどではないが型と型を抑えるという薬効は、ありがたいです。実際に、タール系外用剤は、脱ステロイドの臨床現場では、活用する先生が多いです。 

 ステロイドを使わずに何を使って診療をすればいいんだ?と思われる先生も多いでしょうが、プロトピック軟膏などの新薬に移行する方法もあるし、タール剤のような、歴史が長いという意味で有効性・安全性が担保されている薬剤もあるわけです。

 もちろん患者が何も希望しなければ、何も処方せずに、見守る、感染症など合併症を起こしてきたときだけサポートする、という診療姿勢もあり得ます。それでも、患者から見れば、立派な医師であるわけです。薬を処方するだけが能ではありません。 脱ステロイド診療の経験の無い皮膚科の先生、ステロイド離脱希望で一切薬を使いたくない、という患者が来たときに、「わかりました、何も薬は出しません。一月に1回、診察だけしてあなたの皮疹をみて、あなたが良くなるまで見守りましょう。」と言ってみてください。そのときはじめて、患者にとってあなたは薬屋ではなく頼りがいのある医師となることでしょう。



moto_tclinic at 17:55│Comments(0)TrackBack(0)