ガイドラインと訴訟タール剤(その3)

多因子疾患へのアプローチ


アトピー性皮膚炎治療における居住環境対策とステロイド離脱について

深谷元継  アレルギー  48(5) p.520-525 (1999)

 これは、わたしが1999年に日本アレルギー学会の機関誌に投稿した日本語の論文です。どんな内容かと言うと、自宅の環境調査を行った14人の患者のその後をまとめたものです。患者(というかヒト)というのは、実にさまざまな環境に住んでいます。下表は、患者の家の埃を集めた中から検出したチリダニ密度を示します。    
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 一年後に再調査し、ダニ密度のあきらかな改善があった患者や、転地・引越しなど住環境の変化のあった患者を、「住環境変化あり」と判定します(下表のYes)。アトピー性皮膚炎自体の「悪化・不変」「改善」とで、2×2表をつくった結果が下表で、直接確率計算法でp=0.143(>0.05)であり、危険率5%レベルでも有意差が出ません 

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 一方、14人の患者の中には、ステロイドを使ってないひとと、使っているひとがいました。 一年間、まったくステロイドを使わなかった患者(下表のYes)と、そうでない患者(下表のNo)とで2群にわけて、一年後のアトピー性皮膚炎自体の「悪化・不変」「改善」とで、2×2検定してやりますと、p=0.266で、やはり有意差が出ません 

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 患者の内訳は、下表のようです。
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 患者は、別に、ステロイド忌避の方ばかりを集めたわけではありません。たとえば、Case1のひとは、ステロイドは使用しており、住環境の変化は無く、皮膚症状の判定としては「不変」です。 

 それで、次に、「住環境の変化があった」または「ステロイドを使っていない」の2つの要因のどちらかが当てはまる患者をYes、どちらも当てはまらない患者をNo、として検定してみますと、下表のように、P=0.028と5%レベルで有意差が出ました

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 わたしは、これを非常に興味深い結果と考えて報告しました。アトピー性皮膚炎というのは、多因子疾患である、とはよく言われます。脱ステロイドで軽快していくひともいれば、住環境対策で改善するひともいます。しかし、よくならない人もいる。どれか一つの要因のみ注目して経過を追っても、n数が少ないとなかなか統計的に有意差が出ません。そういうときに、複数の要因にまたがって検定してやると、有意差が出る、ということです。 

 なぜ、興味深いと感じるかというと、これは、私たちが、多要因に支配される疾患を扱うときの、臨床的姿勢そのものだからです。研究としてデザインし、統計的に、1要因で有意差を出すことだけを考えるならば、n数を増やして、要因の数よりはるかにnを大きくすれば、有意差はたぶん出るでしょう。しかし、臨床と言うのは、自分が診ている定められた患者群を良くする(=要因の数に比してn数が小さくても有意差が出るような工夫をする)ということであって、ある1要因について、有意差が出るまで、n数を増やすという行為ではありません(そこが研究と異なります)。 14人の患者について、ほかの要因を考えて、それを加えてみて、さらにp値が小さくなるかどうかの検定を繰り返す、というのが、他要因疾患に取り組む臨床的なマインドだと思うわけです。  

 これは、わたしがアトピー性皮膚炎の診療をしているときの、基本的スタンスでもありました。このブログのテーマは脱ステロイドですが、わたしは、脱ステロイドだけにこだわって臨床をやってきたわけではありません。ステロイド外用剤の長期連用は、アトピー性皮膚炎の難治化の、重要ではあるが、あくまで一要因に過ぎない、という考えでした。

  脱ステロイドだけで治る場合もありますが、そうでない場合ももちろんある、そのときは違う視点から攻めてみるとうまくいく場合もありますよ、ということですね。 

 なお、この論文における「ステロイドを使っていない患者群」とは、ステロイド依存に陥っていていた患者とは限りません。たとえばCase6は、「ステロイド使用せず、環境変化あり、改善」ですが、依存は生じておらず、単に環境が悪化要因として働いていた患者かもしれないです。ステロイドを使っていない(ステロイド離脱)患者で一年後に改善した群は、リバウンドがおさまる経過を見ていたのかもしれないし、ステロイドを使わないことで、環境の悪化因子改善の影響が皮疹に反映されやすかったということかもしれません(あくまで、この論文における「ステロイド離脱(Corticosteroid withdrawal)」の定義です)。



moto_tclinic at 17:34│Comments(0)TrackBack(0)