日皮会ガイドライン2000の限界(その1)乳児の第一選択はプロトピック?

ステロイドで抑えることは予防にならない


Transient Corticosteroid Treatment Permanently Amplifies the Th2 Response in a Murine Model of Asthma

RE. Wiley et al. J Immunol. 2004 Apr 15;172(8):4995-5005 

 これは、喘息を想定した、動物実験の論文です。アトピー性皮膚炎のモデルではないのですが、副腎皮質ステロイドの局所(吸入)投与と、Th2系の活性化の関係について、非常に興味深いデータを出しているので紹介したいと思います。 結論を意訳すると「軽い喘息をステロイド吸入剤で普段から抑えておくことは、将来的な悪化予防ににはつながらない。むしろその逆かもしれない」という警告です。  実験は、マウスを用いたもので、OVA(卵白アルブミン)を吸入で感作させています。  

th21  

 上図のような、A,B,C3つの実験系が組まれています。

 Aでは、8日間OVAを吸入させて感作しているのですが、その際、同時にCS(ステロイド)をも吸入させたマウスと、そうでないマウスについて、9日目に比較しています。アレルゲン感作と同時期にステロイドが(治療として)投与されると、アレルゲン感作のみの場合に比べて、どんな違いが生じるのか?がテーマです。 Bでは、8日間の感作はステロイド無しで行いますが、その後、4週間ほど空けて炎症が十分治まったところで、再びOVAを投与しています。感作が成立していますから、前回よりも炎症は強いです。このときに、ステロイド吸入の同時投与(治療)を行った場合と行わなかった場合(無治療)とで、比較しています。 Cでは、4週間後のOVA再投与時にはステロイド無し(無治療)で反応を見ていますが、それに先立つ8日間の感作時には、ステロイド同時吸入有り無しの2群に分けて比較しています。 

 まずAの実験系での結果です。 

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 肺胞洗浄液中(A)と末梢血中(B)それぞれの、単核球(NMC)、好中球(Neutro)、好酸球(Eosino)、を、ステロイド同時投与(治療)群(CS)と無治療対照群(NoRxおよび Lac)とで、比較した結果です。肺胞洗浄液中の炎症細胞は、ステロイド同時投与(治療)群では少なく、末梢血中ではステロイド投与群の好中球のみが増加しています。ステロイド投与によって末梢血の好中球が増加することはよく知られており、臨床的実感にも合うデータだと思います。(この辺はまあ、当たり前というか、想定されたことを確認している感じです)  

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 *, P<0.05 

 次に、肺胞洗浄液中のサイトカインと、血清中のOVA特異的IgEを測定しています。ステロイドとアレルゲンの同時投与(治療)群では、Th2産生系のサイトカインやOVA特異的IgEが上昇しています。(これは、前振りというか、「おっ?」と思わせて注意を喚起する感じです)

 次に実験系Bです。  th24
  

 末梢血中の、単核球(NMC)、好中球(Neutro)、好酸球(Eosino)、は、ステロイド同時投与(治療)群(CS)のほうが、対照群(NoRx)に比べて明らかに少ないです。IgEは差がありません。肺の病理組織では、対照群(C)では炎症が強いですが、ステロイド同時投与(治療)群(D)では軽いです。(これも前振りですね。次あたりに何か出て来るのかな?と、読む側としては思います) 

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 *, P<0.05 

 末梢血中の好酸球(Eosinophils)は、ステロイド同時投与(治療)群で低下しています。(当たり前、前振りです)

  次に実験系Cです。  th27
  

 感作・再投与を終了後に、対照群(NoRx)とステロイド同時投与(治療)群(CS)それぞれから胸腔内リンパ節を取り出し、そこから得た細胞を培養して、その上清のサイトカインを測定します。「Medium」は培地に何も加えず、「OVA」はOVAで培養細胞を刺激しています。IL-4,5,13といったTh2系のサイトカインが、ステロイド同時投与(治療)群では著増しています。  

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*, P<0.05

  アレルゲン感作時にステロイドを同時投与(治療)した群では、末梢血中のIgEが著増しています。肺の病理組織では、対照群(C)・ステロイド同時投与(治療)群(D)に差はありません(どちらも炎症が強いです。これが、この論文のキモで、アレルゲン感作時に、ステロイドが「治療」として同時投与されていると、Th2産生系が活性化されて、その後にアレルゲン再暴露されたときに、IgEが過剰に産生されるということです。  

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*, P<0.05
  

 実験系Bとは逆に、ステロイド同時投与(治療)群では、好酸球(Eosinophils)も上昇しています。 

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 これは、naïve(アレルゲン感作せず)、NoRx(感作あり、ステロイド投与せず)、CS during rechallenge(アレルゲン再投与時にステロイド併用)、CS during sensitization(感作時にステロイド併用)それぞれの、肺抵抗を調べたものです。CS during sensitization群は、NoRx群にほぼ一致します。ということは、アレルゲン感作時にステロイドで治療することで、その後の再暴露時の臨床症状を和らげる効果は期待できません。むしろ、Th2系を活性化し、その後のアレルゲン再暴露時のIgEや好酸球産生を増やし、アレルギーを難治化させる懸念があるといえます。

   肺への吸入によるアレルゲン暴露とステロイド治療の話ですから、そのまま皮膚のアトピー性皮膚炎に当てはめてしまうことは、厳密には出来ないですが、同じ免疫応答の話なのですから、皮膚でもあてはまる可能性は十分にあると思います。皮膚に当てはめて考えると、たとえば、赤ちゃんがハウスダストなど環境系アレルゲンに感作されつつある時期に、ステロイドが外用されていると、その赤ちゃんのIgE抗体値や好酸球数は上昇する、ということになります。 ときどき患者に「湿疹は軽いうちにステロイドで抑えて治しておかないと、あとあとひどくなって慢性化する」と言う先生がいますが、実は逆かもしれないということです。 

 Cork先生の表皮バリア破壊説とは、また別の、純粋に免疫学的な話です。リバウンドをきたすSteroid addictionの機序の説明にはなりません。喘息で、Steroid addictionになって、離脱時のリバウンドで大変な思いをした、なんて話は聞いたことないです。Steroid addictionとかリバウンドっていうのは、皮膚にステロイド外用剤を連用した場合に特有な話です。だから、皮膚の角層バリアの破壊によるとするCork先生の説には説得力があります。

 本論文の内容は、リバウンドやSteroid addictionの機序を説明できるということではなく、ステロイドを使用することは、アレルギーを難治化させるのかもしれない、という警告であるということです。ロシアの小児科の先生が「この50年間、ステロイド外用剤が使われるようになって、アトピー性皮膚炎の患者は激増した」という仮説を提唱していますが(→こちら)、これを支持するといえます。



moto_tclinic at 17:21│Comments(0)TrackBack(0)